別掲のとおり、いいお天気の中終了したアジア選手権・鈴鹿大会。SS600クラスではカワサキ勢とアンソニー・ウェストの強さが、AP250ではホンダの強さとヤマハ&カワサキの食い下がりが印象的なレースでした。
ただし、お客さんの入りはイマイチ。AsiaRoadRacingChampionship(=ARRC)運営ががんばって、世界中にレース動画を発信したり、サーキットにもホスピタリティやバナーをどんと飾って華やかムードは演出されていたんですが、肝心の日本人ライダー参戦も少ないし、話題も少な目だった、ってこと。昨年の大会は、CBR250RRのデビューだったり、SS600クラスに加賀山就臣がスポット参戦したり、と話題満載だったんだけど、今年はそういうワンマッチな盛り上げも欠けていましたね。
ちなみに観客動員は土曜が7500人、日曜が13500人。まぁコレ、主催者発表ですから、実数はそんなに入っていないと思います。
JK躍進! 日本唯一のUBクラス出場
そんな中で光ったのが、UB(=アンダーボーン)150の中原美海(なかはら みう)と、AP(=アジアプロダクション)250の鈴木孝志(すずき たかし)です。
中原は2001年生まれの16歳、JKですな。もてぎのレディスカップやST250→JP250なんかを走っていて、今シーズンはもてぎロードレースや東日本エリアスーパーモトに参戦。このUB150には、レギュラーライダーのリプレイス、つまり代役で1レースのみの参戦です。UB150は日本人ライダーいないし、コースに撮影に出なくていいな、ってメディアセンターでサボろうとしてたら(笑)、場内アナウンスで「日本人唯一のライダー、リプレイス出場の中原美海です!」って紹介されたもんだから、あわててコースサイドにスッ飛んで行きましたよ、ええ。
レース後には、美海ちゃんつかまえて、取材。今までは、よぉ美海ちゃん元気かー、ハーイ元気ですー、なんて声かける程度の知り合いだったんですが、こうやって取材するのは初めてかな^^
――そもそも美海ちゃん、なんでアジア選手権に出てるの?
「何回かMFJの国別対抗レースに出場させてもらったことがあって、去年タイで乗ったのもアンダーボーンだったんです。その縁で、鈴鹿大会の代役をやらないか、とお声掛けいただいて、出場させていただくことになりました」と美海ちゃん。ライダーを「ちゃん」づけするなんて失礼なのは承知の上。でも美海ちゃんって呼ばせて(笑)。だって、娘だっておかしくない年齢なんだもの。
美海ちゃん、つまり日本では珍しいアンダーボーンのキャリアがあるライダー。でも、国別対抗戦のときに乗ったのは、今回と同じヤマハのアンダーボーン車でも、ほぼノーマル、ストッククラスのUBだったらしく、今回のレース仕様には面食らってました。
「今回レースしたのは、UB150でもチューニングしたレース仕様のマシンで、私はチームが用意してくれたマシンで詳細なんかはわからないんですが、とにかく力があって、びっくりしました。アンダーボーンでスリックタイヤですからね。速いんですよ!しかも鈴鹿だし、ミニバイクなんてイメージじゃまったくないです」
ちなみに16年まで行なわれていたCBR250Rドリームカップと比較してみると、UB150の方がラップライムが3秒ほど速い!そういうマシンなんです、UB150ってのは!
「国別対抗戦で乗ったノーマルは乗りやすかったんですけど、今回のは力があって速いし、特にクラッチのつながりフィーリングが悪くて、スタートでうまく出られないです」
美海ちゃん、土曜のレース1は、レース序盤にスプーンで飛び出してしまって、ほぼ最後尾から再スタート。1台、また1台と抜いて、最終ラップに先行する2台に追いついたけれど、バックストレートや130Rで抜いても、シケインでまた抜き返されると思って抑えに抑え、シケイン立ち上がりで1台を料理してみせた。20台中13位でポイントをゲット!
日曜のレース2では、心配していたクラッチのつながり悪さがスタートで出ちゃって、最後尾スタート。単独で走ると、スリップストリームが使えず、さっぱりスピードが上がらないマシンで懸命に走り、1台また1台とパッシングを見せて15位まで追い上げたところでフィニッシュ。両レース完走、ポイント獲得を果たしてみせた。
「まわりのライダーがホントに速くて、楽しかった! 私は初めてのバイクで、みんなはこのクラスのスペシャリストだから、走りも参考になったし、走り込むごとに乗れて行きました。もっと時間があったらなー!」
鈴鹿8耐「ヤング割」きっかけのオールドルーキー
そしてもうひとりが、前のエントリでちょっと触れた、AP250クラス日本人唯一のフル参戦ライダーである鈴木孝志です。
鈴木、現在28歳のライダーで、もとはGSX400インパルスに乗ってた普通のツーリングライダー。レースなんてまったく縁がなかったのに、ある年の鈴鹿8耐の「ヤング割キャンペーン」(22歳まで入場料ゼロ円キャンペーン)で、初めてレース観戦に訪れることになります。
「21歳のとき、ヤング割ギリの年齢で、『ヒマだしタダだし見に行ってみようか』くらいの気持ちで友達と3人で鈴鹿に来たんです。そしたら、まぁスゴかった! 2010年だったと思いますが、秋吉さんがTSRホンダのライダーで、ヨシムラもハルクプロも、うわぁめっちゃカッコいい!って。そんな話を父親にしたら、ミニバイクからスタートしたらどうだ、って」
お父さん、遊びでミニバイクに出場していたくらいのことはあっても、もちろん「元レーサー」なんて肩書きはナシ。それでも「F1ドライバーだって最初は子供の頃、カートから始めるんだ。だからミニバイクから始めたらいい」なんて熱血漢なことを言うもんだから(笑)鈴木もすっかりその気になってNSF100とハイエースを購入。ミニバイクを2年半、それからCBRカップを2年、5年目にNSF250Rにもたどり着きました。
もうこの時点でタダモノじゃないですよね。レースやろう、って決めたのが22歳、それから最短距離でNSF250Rだもん。そして鈴木は、鈴鹿選手権J-GP3クラスのチャンピオンになるんです。デビューイヤーですよ、やっぱタダモンじゃない!
「僕、いま名古屋に住んでるんですけど、芳賀健輔さんのK-MAXによく出入りしていて、そこでアジア選手権のライダーを探してるチームがあるぞ、って教えてもらったんです。それが宇井陽一さんの41プランニングでした。宇井さんのところで全日本J-GP3クラスに出ることになって、アジア選手権のお話もいただいて――。本当に宇井さんに拾ってもらったおかげなんです」
鈴木はアジア選手権デビューの今年、開幕戦タイ、第2戦オーストラリアと2戦4レースノーポイント。けれど、確実に上向いているのは、自分でもわかっている。
「アジアで走っているYZF-R25は、自分でセッティングしてます。これが宇井さんの教えで、自分でバイクのことをわかって乗ると、もっと速くなる、っていうアドバイスです。もちろん、わからないことはどんどん聞くし、聞けば宇井さんはなんでも教えてくれます。でも、自分で考えてバイクを作ると、全日本でJ-GP3クラスに出るときも、すごく役立つのがわかります。とにかく今は、勉強勉強です」
鈴木の鈴鹿大会の成績は、レース1が33人中21位、そしてレース2では2周を残して転倒、リタイヤしてしまった。
「今の僕には、成績は目標じゃない。少しずつ向上したいです。今回もレース1よりレース2の方が手ごたえは良かったし、だんだんコーナリングスピードも上がって来た。今日の走りを、次の全日本、菅生大会で生かしたい」
17歳のJKライダーと、28歳のオールドルーキー。こういうライダーがいるから、レースって面白い! いつかアジアの頂点目指して、美海ちゃんもタカシも、精一杯つっぱしれ!
写真・文/中村浩史