量産初の4気筒エンジンで世界を席巻したマイルストーン
50〜60年代にかけ、世界最高のオートバイといえばトライアンフやノートンなどイギリスのメーカーによる、650cc前後の空冷並列2気筒エンジンを搭載したモデルだった。
60年代すでに世界GPでその名を轟かせていたホンダは市販車での世界最速も目指し、65年に初の大排気量車としてCB450をデビューさせる。
CB450も空冷並列2気筒だが、排気量の小ささをDOHCによる高回転化で補うという意欲的な設計だった。
しかし性能でライバルを大きく越えられず商業的には失敗。
この苦い経験がホンダにCB750Fourを開発させた。
69年にデビューしたCB750Fourが、世界最速のために取ったアプローチが多気筒化だ。当時オートバイといえば普通は単気筒か2気筒で、多気筒エンジンはレーサー、それもホンダやMVアグスタなどごく一部のメーカーが手がける特別なものだった。
しかしホンダは量産市販車で空冷直4エンジンを採用、OHCながら排気量をライバルたちを大きく越える736ccとし、最高速200キロという圧倒的な速さを現実のものとした。
そのパワーに合わせ、フロントブレーキにディスクブレーキも採用するなど車体もハイレベルな造り。
驚きと共に高性能が評価され世界最速のオートバイの座に君臨、世界中で人気を集めることになる。
もちろん打倒CBを目指し、72年のカワサキZ1をはじめ、DOHC化や大排気量化で高性能を目指したライバルも登場してくる。
ホンダも78年に耐久レーサー・RCB直系の4バルブDOHCエンジンを採用したCB750F/900Fで対抗するが、この頃には空冷の限界が見え始める。
81年、排気量拡大と共にアルミタンクやフルカウルなど贅沢な装備を与えられた究極の1台・CB1100Rを最後に、空冷CBは最高峰の座を水冷V4のVF系へ譲り渡すことになる。
その後も空冷モデルとして83年のCBX750Fが登場するがあくまでベーシックモデル。
その系譜は92年のCB750に発展、ロングセラーとなるが08年限りで生産が終了。空冷CBの歴史も約40年で終わりを告げたかと思われた。
しかし10年、空冷CBのニュージェネレーション・CB1100で復活を遂げる。
「鷹揚」をキーワードに、「味わいのある走り」「操ることの喜び」「所有することの喜び」を具現化するため、エンジンは中低速での力強さと扱いやすさ、そして独特のフィーリングを狙って、CB1300系の腰下をベースに空冷化した新型を搭載。
クラシカルで流麗なスタイリングのボディは日本人の体格に最適なサイズで、前後ホイールも18インチを採用し、おおらかでゆったりとしたハンドリングを実現。
CB750Fourから磨かれてきた伝統は、CB1100によって確かに21世紀にも受け継がれている。
まとめ:オートバイ編集部