日本一、神社と旅を愛するバイク乗り「佐々木優太」の神社拝走記。今回は、彼の音楽を支える、岐阜の老舗ギター工房「ヤイリギター」を訪ね、シンガーソングライター佐々木優太の音楽のルーツを紐解きます。
※この記事は月刊オートバイ2019年2月号(別冊付録 RIDE)で掲載したものを加筆修正しております。
2本目のギターを受け取りに
僕の肩書きは、神社巡拝家。全国の神社をバイクで巡り、皆さんへお伝えしています。
神社を巡る旅のなかで人に出会い、絶景を目にする。そこから生まれた詩をメロディーに乗せ、歌うことがあります。
そうして演奏するとき、欠かせない相棒といえばギター。
そんなギターを表現する時に僕が使う言葉、それは…。違う世界へ連れていってくれる、抱きかかえる、メンテナンスが必要、自分だけの1台、などなど。
こんなふうに、浮かぶ言葉は、どれもバイクにも当てはめることができます。バイクとギター。カタチも使い方も全く違う両者。だけど僕にとって両者は、なんだか似ています。
今回の神社拝走記、訪れたのは神社ではなく、ギター会社。岐阜県可児市にある「ヤイリギター」です。ここは、僕が普段ライブなどで使用しているギターメーカー。
実は今、2本目の佐々木優太モデルを製作して、そのギターが完成間近という報せを受け、職人の皆さんとギターに会うため疾走ってきました。
僕とヤイリギターの出会い
僕が初めてギターを弾くようになったのは、15歳くらいだったような。もう20年くらい、毎日のように弾いています。
でも、ヤイリギターとの出会いは、意外に最近なんです。それまでは、ずっとアメリカ製のギターを使っていました。
有名アーティストも愛用する純日本製ギター
ヤイリギターとは?
1965年に、メイド・イン・ジャパンのギターブランドとして設立されたヤイリギター。所在地は岐阜県可児市。
総勢30人ほどの職人による手工生産にこだわり、1日に生産できるのは20本ほどと言います。
材料と手法にこだわり抜いて作られるギターは、多くの有名ミュージシャン達にも愛されていて、海外でも評価は高く、ポール・マッカートニーらが弾いていることでも有名です。
また、永久品質保証が全ての製品に付与されていて、可能な限りメンテナンスやリペアに対応してくれます。ギター製作にも、機械化や大量生産の波が押し寄せています。
そんな時代の中、職人たちの「熱」を感じられる数少ないメーカーの一つではないでしょうか。
僕が高校生の時、周りの大人たちは海外製ギター至上主義でした。自動車で言うところの「高級車といえば、外車だ!」と言う人がいるように、ギターにもそんなブランドが存在するんです。
そういう環境でギター人生をスタートしたものだから、佐々木少年は自然と「ギターと言えばアメリカ製が1番」と、思い込んでいたのでした。
自動車やギターみたいに、海外で発祥したもののトップが、海外ブランドなのは頷けます。バイクだって海外で生まれたものなのに、そのトップブランドが日本製だなんて、やっぱり国産バイクメーカーはスゴいなぁ…。
話を戻します。数年前のある日のこと、楽器店でいつものようにギターを試奏していました。
その時に、何気なく人に薦められた1本。ギターの胴体部分に使われている材は、なんと屋久杉でした。ギターの音色の違いを決定する木材、良質なものは海外産がほとんどです。だから、木なら何でもいいという訳ではないんですね。
そんな時、日本の木で作られたというギターに初めて出会いました。
最初はあまり興味がなかったけど、弾いてみようと抱いた瞬間! まだ弾いてもいないのに、驚くほど身体に馴染んでくるのです。
バイクで同じ経験された人、いらっしゃいますか?(笑)
エンジンをかけていないのに、跨った瞬間にタンクが脚に吸い付いてくるかのような感覚。ハンドルとの距離も抜群にいい! という具合に、疾走りだす前に思わず唸ってしまうような出会い。
僕にとってそのギターこそ、ヤイリギターだったのです。国産ギターのイメージと僕の思い込みが、360度変わった瞬間で、あまりにも衝撃的な感覚でした。
自分だけのギターを求めて
初めてヤイリギターを抱いた瞬間の感覚が忘れられず、どんな人達がそのギターを作っているのか気になりました。
数日後には思いきってヤイリギターに電話をしたのです。オチもなく、ただ感動したことを伝える僕に、電話に出た方は優しく対応してくださいました。(後にその方は矢入社長だったことを知るのですが…)
そして、ギターを作っている行程を見てみたくなって、僕はヤイリギターに訪れることにしました。
その時、担当してくださったのが、アーティストリレーションをしている満田さん。
偶然にも同い年。しかも同じ兵庫県出身で、出身地は隣の市という驚きの事実。親近感を持たずにはいられません。
淡々と話をする満田さんと、自分の音楽やギターに対する考えを喋り続ける僕。意気投合していたのかは定かではありませんが(笑)、ヤイリギターとの繋がりは、ここから始まりました。
そこから暫くの間、ライブなどでヤイリのレギュラーモデルを使っていましたが、いつしか自分のオリジナルギターがほしいと思うようになりました。
海外メーカーに依頼をするとなると、現地まで出向く必要があります。日本から電話やメールで依頼するにも、僕は英語ができない。
もし、職人と直接話す機会を得たとしても、英語が喋れない僕は「ほしい音のニュアンス」を伝えることが難しかったでしょう。
だから、日本語で伝えられるヤイリギターさんに、オリジナルギターを製作してもらうことにしました。
そして、今から2年ほど前、初めてのオリジナルギター、佐々木優太モデルが完成しました。
記念すべき佐々木優太モデル1号の名前は「Sasaki Yuta Custom Model 1st」 の意味で、モデル名は「SYCM1」。
その製作を引き受けてくれたのは、満田さんを始め、全員が僕と年齢の近い、後藤さん、伊藤さん、立石さんの4人が結成した「TEAM BUILD」と呼ばれる若手のギター職人集団。
その方達が作ってくれた、オリジナルギターは、まさしく自分が奏でたかった「最高の音色」でした。
でも、「自分だけの1本があれば満足」と言いたいところですが、プロとしてステージに立つ以上、相棒のギターは、少なくとも2本は必要になってきます。
メンテナンスに出している時など、同等のスペックのものがないと困ります。このあたり、レースに臨むバイクの話に似ている気がしますね。
ということで、2本目のオリジナルギター製作を依頼したのです。
そして、今回、その2本目のギターが完成間近という連絡を受け、改めてヤイリギターに訪れたというわけです。
ヤイリのギター工房は、まさに「手作り」の世界。ギターのようなアコースティック楽器でさえ、現代の製作現場では機械化が進んでいます。
「ロボットがプログラム通りにレザーで木を切っていく」という光景に、誰も驚かない時代です。
だけど、こちらは違います。木材のカット、各部位の形成、接着など、全てを職人さんが手掛けています。
驚くのは、人の手が同じ形のものを作り出し続けていること。まるで機械のように。
機械だから成し得る大量生産と、職人による想いのこもったもの。一見、相反するこの両者。それが高次元で両立しているメーカーと言えるのではないでしょうか。
工房内は、工程によってエリアが分かれています。製作過程をたどるように、満田さんと工場内を進んで行きます。
塗装工程のエリアに来ました。塗装と一言に言っても、10以上の工程があるそうです。その一角に、塗装を待つギターたちの棚がありました。
「この中に、佐々木さんのギターがあります」と満田さん。何本もあるギターの中から、僕は迷いなく1本を手に取りました。そう、完成を待つSYCM2です。
数あるギターの中から、なぜ迷いなく手に取ることが出来たのか。それは自分でもわかりませんが、職人さんたちと何度も会話を重ねたり、製作現場を見せていただいたりしてきた必然の結果だったかも知れませんね。
こだわり抜く木への情熱
ヤイリギターのオーダーメイドは、形やデザインだけではなく「音色」の注文にも応えてくれます。
そのギターの音色を決定づける要因は、大きく分けて2つあります。ひとつは、使用する「木材」。もうひとつは「形」そのものです。
バイクにも、様々なジャンルがあるように、ギターの形にもいくつかのジャンルがあり、指で細かく演奏するのに適した形や、大きな音量を出せる形、僕のように弾きながら歌う人に合った形など様々なものが存在します。
以前アメリカ製のギターを使っていた頃は、とにかく大きなものを好んで弾いていました。バイクで言うなれば、とにかく排気量の大きくて速いものばかりを選んでいたという感じ。
だけどこれでは、僕には少し大きいのだと気付きました。僕はラジオのスタジオで弾くことが多いので、音量が大きい必要がないんです。
これはマイクに向かって弾くから。マイクにも集音できる許容範囲があるので、いたずらに大きな音はキレイに入力されません。
大きいものには大きいなりの理由がある。だけど、大きいものだけが全てではない。ホントにバイクの話をしているみたいですね。
僕がこだわってオーダーしたのが、ネックの形と太さ。ネックとは弦を押さえるところで、ボディから伸びる細い部分です。
ここの太さが、演奏のし易さを決定します。オーダーメイドの根幹とも言えるでしょうか。
ネックの裏側は、演奏中常に掌が触れている部分です。この面のカーブの形状も、U字やV字など様々あります。職人さんに何度も自身の好みや要望を伝えました。
ギターの胴体部分に使う木材の選定も重要です。堅い木を使うと硬い音になり、高音がより際立つように。柔らかい木ならば温かい音になり、低音が際立つようになります。
鉄などとは違い、木は同じ杢目のものが二つと無いものです。使用する木が決まったら、次はその木の中から好みの杢目を選び出します。
木材は、よく乾燥されています。その板をコンコンと叩きながら、一枚一枚確かめていきます。
SYCM1では、堅い木を使用してもらいました。今回SYCM2では、それに比べて柔らかい木を使用してもらいました。
2本のシルエットは全く一緒ですが、使用している木が違うため、重さと音色が全然違います。
シルエットやネックの形状を、全く同じものにしてもらったのには訳があります。それはライブ中に交換した時、操作感に違いが生じないようにしたかったからです。
更に、強く希望した点があります。それは、ヘッドマーク。ヘッドとは先端の部分で、そこは社名が書き入れられていることが多い場所。
他の国産メーカーでもそうある様に、ヤイリギターでも社名をアルファベットで表記しています。そこを、漢字で縦に入れたいと要望しました。
普段から、手紙など縦書きをする僕。肩書きも神社巡拝家で、思いっきり和のイメージです。
「さすがに社名の表記までは…」と言われてしまうと思いましたが、なんとこの要望も受け入れていただけました。
先代の社長が書いた「矢入」の文字。それを写し、貝で入れてもらいました。メーカー名が漢字の縦書きで入っているギターは、かなり珍しいのではないでしょうか。
完成したSYCM2。弾いて音を出すまでは、それが理想通りのギターなのかはわかりません。
受け取り、まず弾いてみます。緊張の一瞬です。それは、SYCM1の時と同じ感想でした。
言葉が出ないのです。それは、自分の要望や想像や期待とのズレが1ミリもなかったから。
音という形のないもの、それも人が要望したもの、それを期待通りに具現化する職人さんの仕事は、なんと素晴らしいものなのでしょうか。それに応えるには、弾き続ける他ありませんね。
文:佐々木優太/写真:関野 温
※この記事は月刊オートバイ2019年2月号(別冊付録 RIDE)で掲載したものを加筆修正しております。