これまでに『ひとたびバイクに ツーリングを愛する者たちへ』や、『風になる日』、『ロンツーは終わらない』(いずれも双葉社)など数々のバイク小説を発表してきた山田深夜氏。過去にはバイク雑誌『ミスターバイクBG』やツーリングマガジン『アウトライダー』でも連載を行なっていた、現代のバイク小説の第一人者といえる存在です。
そんな山田深夜氏の最新刊は『空の轍と大地の雲と』(双葉社)。この作品は自身初となるウェブ連載を経て、単行本となりました。
表紙をご覧いただいて分かるとおり、この作品でもバイクが重要な役割を担っています。
主人公は、自衛官だった伯父に憧れ陸上自衛隊に入隊した道畑直也。しかし自衛隊入隊後は思い描いていた世界との違いに幻滅し、2年で除隊。その直後に東日本大震災が起きる。
何も出来ずに除隊した後ろめたさを抱える直也は、かつて伯父と交流のあった風間という男を訪ねて北海道へと向かう……。
といったあらすじですが、作品内には多くのテーマが存在します。自衛隊とはなんなのか、公務員のあるべき姿とは、そして震災。あれから10年を迎えようとするいま、この物語はページが進むごとに読み手にさまざまな疑問を投げかけてきます。
読了後の感想は人それぞれでしょう。西野がシンプルに思ったことをお伝えしたいと思います。
今年の夏は北海道に行きたい。
重たいテーマを含む作品で、読まれた方にはこの感想を不謹慎に思う人もいるかもしれません。でも、旅好きライダーには、きっと共感してもらえるはず。
旅先の情景描写や空気感の表現は、山田深夜氏のすべての作品に共通する魅力です。それがリアルな旅ライダーに支持されてきました。
初めて北海道を旅する主人公の青年・直也。行く先々に現れる旅人や地元の人、そのやりとりでは、信じられないような偶然やドラマチックな出来事も起こります。しかし、北海道をソロで走ったことのあるライダーなら感じるはず。「北海道なら、あり得る」と。
ベテランライダーはもちろん、ビギナーライダーにもおすすめ
北海道旅を経験したことのあるライダーなら楽しみながら一気読み必至。そして、北海道を走ったことがない人、いや、まだツーリングの魅力に触れたことがない人、そんな方にこそおすすめします。先人たちが培ってきたバイク旅の知恵やコツが一冊の中に散りばめられています。
これまでの山田深夜作品といえば、ハードボイルドともときにいわれる、古風で硬派な、まだ世の中の人々が旅に憧れを持っている、そんな時代のロードストーリーが中心でした。私西野も山田深夜氏の掌編小説に衝撃を受け「旅に出たらこんなことが起きるのか!」と胸を高鳴らし、高校時代にバイクで旅をすることに夢を見たひとりです。
情報過多のいま、インターネットでなんでも検索でき、Googleのストリートビューを使えば日本全国だいたいの道や観光地が家にいながら見られる時代。「未知のものに会いに行く」という旅の魅力はここ20年ほどで大きく薄らいだように感じます。
『空の轍と大地の雲と』の時代設定は、2011年~2012年。主人公の直也が旅だった北海道は、震災後に一気に普及したスマホやタブレットのある時代です。スマホは、ツーリングという文化をもっとも変えたアイテムでしょう。気軽にネット検索ができ、GPSが備わった地図で現在地も瞬時に把握、正確な天気予報アプリで雨を確実に避けることもできるようになりました。
そんな現代の旅、そこにロマンはあるのか。スマホの登場によって旅する気持ちが少しトーンダウンをしてしまった方、この一冊がきっと新たな旅へと導いてくれるはずです。
文:西野鉄兵