並列3気筒というエンジン形式を選択したMT-09。そのキャラクターを存分に生かしたスポーツ性がXSR900、そしてトレーサー900という発展異種を生み出した。この記事ではトレーサー900を中心に、並列3気筒エンジンを搭載するこの3機種について考察していく。
文:中村浩史/写真:折原弘之

ヤマハ「トレーサー900」ツーリング・インプレ

画像: YAMAHA TRACER900 / GT ※今回の試乗車はトレーサー900 GTのオプション装着車 2014年にデビューしたMT-09をベースに、ハーフカウルを装備したスポーツツーリングモデルとして2015年に生まれたのがMT-09トレーサー。それが、2018年のモデルチェンジで、車名をトレーサー900とあらため、その時に上級モデルとして誕生したのがトレーサー900GTだ。GTは前後サスをグレードアップし、クイックシフト、クルーズコントロール、グリップヒーター、フルカラーディスプレイを追加。より旅適性を高めたモデルとして人気モデルとなった。 総排気量:845cc エンジン形式:水冷4ストDOHC4バルブ並列3気筒 シート高:850mm 車両重量:214kg(GTは215kg) 発売日:2020年2月25日 税込価格:113万3000円(GTは、122万1000円)

YAMAHA TRACER900 / GT
※今回の試乗車はトレーサー900 GTのオプション装着車

2014年にデビューしたMT-09をベースに、ハーフカウルを装備したスポーツツーリングモデルとして2015年に生まれたのがMT-09トレーサー。それが、2018年のモデルチェンジで、車名をトレーサー900とあらため、その時に上級モデルとして誕生したのがトレーサー900GTだ。GTは前後サスをグレードアップし、クイックシフト、クルーズコントロール、グリップヒーター、フルカラーディスプレイを追加。より旅適性を高めたモデルとして人気モデルとなった。

総排気量:845cc
エンジン形式:水冷4ストDOHC4バルブ並列3気筒
シート高:850mm
車両重量:214kg(GTは215kg)

発売日:2020年2月25日
税込価格:113万3000円(GTは、122万1000円)

2気筒と4気筒のはざまでMTとXSRとトレーサーと

3は2と4の間なんだ──。まったく当たり前のことだけれど、そんなことを考えたのはヤマハMT‐09が発売された頃だった。

日本のオートバイ、しかも900ccともなるビッグバイクとなると、4気筒エンジンを搭載したモデルが圧倒的多数だ。それでもMTが3気筒エンジン、というか「非4気筒」エンジンを選択したのは、4気筒では表現できない狙いがあったから。それは、後に発売された2気筒のMT‐07も同じ。

歴代のオートバイがみんな目指してきた、軽量ハイパワー。もちろん、やみくもに絶対大馬力を目指してきたわけではないだろうけれど、MT‐09はまずそこを第一義にしなかった。

画像1: 2気筒と4気筒のはざまでMTとXSRとトレーサーと

2と4の間、っていうのは、MT‐09に2気筒らしさと4気筒らしさが同居しているからだ。そんなに単純な話ではないかもしれないけれど、2気筒っていうのは、低回転からトルクが湧き上がってきて、4気筒は高回転までスムーズに回るエンジンキャラクター。MT‐09の3気筒は、そのちょうど中間、低回転からザラザラとトルクが湧き上がってきて、それがどんどん高回転まで回ろうとする──そんなエンジンだったのだ。

それも、今まで体験したことがないような、スロットルの動きに忠実に反応するエンジン。レスポンスがよく、それに車体がクリアに反応するコントロールしやすさ。これがMTを大人気モデルにした理由のひとつだろう。

それは、ヤマハが言う「クロスプレーンコンセプト」にもつながってくるストーリーだ。クロスプレーンコンセプトっていうのは、クランク角がどうとか、爆発間隔がこう、という意味ではなくて「ライダーに忠実なオートバイであること」って意味だ。ヤマハはこれを「スロットル操作にリニアなトルクを作り出す」と説明している。

画像2: 2気筒と4気筒のはざまでMTとXSRとトレーサーと

重心の低い軽量な車体、瞬発力のあるパワフルなエンジンとの組み合わせのMT‐09は、着座位置が前がかりで、ハンドルを抑え込むように振り回すと楽しいバイクだった。それでも、その一種モタード的なアクションができるボディに、ちょっと違和感があった。

この3気筒のキャラクターを生かして、もっとロードスポーツやロングランに振っても面白いだろうなぁ──そう考えたファンは多かった。

そして生まれたのがトレーサーとXSR900だったのだ。

画像: YAMAHA XSR900 MT-09をベースに、ヤマハ伝統のスタイリングをオマージュしたネイキッドモデルとして誕生したのがXSR900。単なるクラシックテイストなのではなく、オーセンティック=正統派がXSRシリーズのコンセプト。MT-07ベースのXSR700もデビューした。2021年6月現在、新型に関するアナウンスはなく、900・700ともに在庫は販売店にあるのみとなっている。

YAMAHA XSR900

MT-09をベースに、ヤマハ伝統のスタイリングをオマージュしたネイキッドモデルとして誕生したのがXSR900。単なるクラシックテイストなのではなく、オーセンティック=正統派がXSRシリーズのコンセプト。MT-07ベースのXSR700もデビューした。2021年6月現在、新型に関するアナウンスはなく、900・700ともに在庫は販売店にあるのみとなっている。

画像: YAMAHA MT-09 2014年にデビューした3気筒900シリーズのベースモデル。2016年にトラクションコントロールを追加し、2017年にモデルチェンジ。2020年末にはスタイリングを一新、排気量アップの新型MT-09を発表。新型は「MT-09 SP」が2021年7月28日、スタンダードの「MT-09」が8月26日に発売される。

YAMAHA MT-09

2014年にデビューした3気筒900シリーズのベースモデル。2016年にトラクションコントロールを追加し、2017年にモデルチェンジ。2020年末にはスタイリングを一新、排気量アップの新型MT-09を発表。新型は「MT-09 SP」が2021年7月28日、スタンダードの「MT-09」が8月26日に発売される。


ギュルギュルとうなる爆発力ある獰猛パワー!

MT‐09のバリエーションモデルとして誕生したMT‐09トレーサー(のちにトレーサー900に改称)は、ヤマハが考える「快適なツーリングバイク」そのものだった。

つまり、強力でコントローラブルなエンジンを、扱いやすい車体に搭載し、快適に疲労感なく長距離を走れる──というもの。これが発売されたとき、MT‐09の本丸はこっちだったのか、と思うほど、ツーリング適性の高いオートバイだったのだ。

まずは身軽すぎる車体がどっしりとした。MT‐09がクイックで俊敏なのはモデルキャラクターに合っているけれど、それで少し長距離を走る時、ツーリングに出るときに違和感があった。そう、MT‐09の本性は街中を軽やかに駆けるストリートバイクなのだ。

だからトレーサーになって20kgほど重くなったのが、しっとりと安定性になって表れていて、すごく好感の持てるハンドリングに仕上がっていた。バンクスピードが緩やかで、バンクしている時でもどっしりと安定感がある。前後タイヤがしっかり路面をグリップしているのがわかるのだ。

画像: ギュルギュルとうなる爆発力ある獰猛パワー!

エンジンはMT譲りの強力な並列トリプル。アイドリングすぐ上の低回転域からギュルギュルと力を内包しているフィーリングで、それをスロットルで解放してあげると、ライダーを置いてけぼりにするような加速を始める。

スロットルの開け閉めが多い街中では、ぎくしゃくする局面も多いトレーサー。これはエンジンのツキが良すぎるからで、車体が前後にピッチングして、そこに体が持って行かれて、知らないうちに疲れちゃう──なんてこともあるから、トレーサーではいつもパワーモードをSTDにしてみる。

STDを基準に、元気なのがAモード、穏やかなのがBモードで、Bモードは加速もレスポンスもややもっさりとしてしまうから、雨用にしておいて、STDがちょうどいいのだ。乗り初めはいつもキビキビ走るAモード、慣れてきてのんびり走る時にはSTD、なんて使い方がトレーサーにはちょうどいい。

画像: ▲クルージングで息をひそめるエンジンがひとたびスロットルを開けると獰猛な力を解き放つ──。

▲クルージングで息をひそめるエンジンがひとたびスロットルを開けると獰猛な力を解き放つ──。


街中でも感じられるクロスプレーンな時間

トレーサーがその本領を発揮するのは、やはりクルージング。高速道路に乗り入れてクルーズコントロールをセットすれば、クルマの世界では徐々に一般的になりつつある自動運転に近い快適クルージングができるのだ。

トップギア6速で走っていると80km/hは約3100回転、100km/hは4000回転あたり。ただし、クルーズコントロールは約107km/hまで(下は4速45km/hから)しか設定できないため、110km/h区間を走るにはちょっとストレスとなる。もう少し高いスピードで設定できると新しいトレーサーの魅力をもっと感じられるだろう。

画像: ▲俊敏すぎないハンドリングが快適な長距離ランにつながっていく。

▲俊敏すぎないハンドリングが快適な長距離ランにつながっていく。

高速道路のクルージングは、ともすれば退屈な時間帯に感じてしまうけれど、トレーサーにはそれがない。トップギア100km/h+αで走っていると、4000回転あたりでエンジンの鼓動がスーッと消えて、走行風のなかを浮遊感たっぷりに進むことができるけれど、その時にもこの水冷3気筒は加速力をため込んでいるような印象で、いざとなった時にパッとスロットルを開けてやると、ワープ……とは言わないけれど、瞬間移動のように加速、いや地点移動ができるのだ。

高速道路を降りても高いギアでのジェントルな走りができて、6速固定で40km/hなんてスピードで走ってもガクガクとノッキングすることはない。60km/hあたりでバイパスを流すにも、2500回転あたりでクルーズコントロールも設定できて、快適なツーリングを味わうことができる。

穏やかで力強さを内包しつつ、いざスロットルを開けるとたちまちツイてくる──これがヤマハの言うクロスプレーンな時間なのだろう。


画像: 街中でも感じられるクロスプレーンな時間

アドベンチャーとスポーツを足して2で割ってトレーサー

ガッチリとキャンプツーリングに出かけたいところだけど、時間もないし、このご時世なかなか──とモヤモヤしているこの1年。本当なら仲間を誘って1泊ツーリングにでも行きたいんだけれど、県またぎの移動は自粛で、仲間と一緒じゃ「密」になる。

それじゃ、誰にも会わずに、有料道路はETC、ガソリンスタンドもセルフで、誰とも接触せずに、サッと出かけてサッと帰ってこよう。そんなツーリングがあってもいい。

朝早くトレーサーで出掛けてみる。4月ともなると、関東では朝6時から走れる時間だもの、午前中だけ走って、午後は家族サービスだ。

画像: ▲シングルバーナーと小さなケトルをサイドボックスに詰め込んで──ってツーリングが気に入っている。コーヒーは豆とミルを持って行かなくたってドリップパックだって充分。

▲シングルバーナーと小さなケトルをサイドボックスに詰め込んで──ってツーリングが気に入っている。コーヒーは豆とミルを持って行かなくたってドリップパックだって充分。

それにしてもトレーサーに乗るといつも距離が伸びる。ちょっと走るだけのつもりがついつい遠回りしたり、用もないのに用を作ってまで(笑)走りたくなる。この日は、県境を越えなきゃいいんだナ、と東京都内のはるか西の端っこまで走っていった。

下道をゆっくり走って、高速道路をゆうゆうとクルージングして、出先で出会ったワインディングではペースを上げてみて、どんなシチュエーションでも生き生きと走るトレーサーが、本当にオールマイティなツーリングバイクだってことがハッキリとわかった。

画像: アドベンチャーとスポーツを足して2で割ってトレーサー

ソロでもタンデムでも、空荷でも荷物満載でも、街乗りでもクルージングでも、ワインディングでも。どうしても用途ごとに複数台を所有できない、ってバイク乗りは多いだろうから、守備範囲の広いトレーサーがいい。

街乗りできるクルージングスポーツバイク──特にツーリング好きのユーザーには自信をもってお勧めします!

画像: ▲出先でお湯沸かして、コーヒーだけ飲んで帰ろう、と思って来たのに、山の中はソバの誘惑が多くて困る。キャンプじゃなくてものんびりランなんて時間を作ればいつでもできる。

▲出先でお湯沸かして、コーヒーだけ飲んで帰ろう、と思って来たのに、山の中はソバの誘惑が多くて困る。キャンプじゃなくてものんびりランなんて時間を作ればいつでもできる。

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