文:宮﨑健太郎(ロレンス編集部)
※この記事は「ロレンス」で2022年2月20日に公開されたものを転載しています。
1995年に電池メーカーとして創業し、2003年より自動車製造業へ参入したBYD
2020年の車載電池世界シェアで、中国のCATL、韓国のLG化学、日本のパナソニックに次ぐ4番目の地位につくのが中国のBYDです。その創業は1995年で、そもそも電池メーカーとしてスタートしたBYDですが、2003年からは自動車製造業にも進出。EVやハイブリッドを手がけ、2020年には中国の新エネルギー車市場で販売台数首位の座につきました。
EVの分野でとりわけBYDが強い分野は公共交通関連で、EVバスの分野では世界2位のシェアを誇っており、世界200カ国でBYDのEVバスは運用されています。日本でもすでに、京阪バスなどの会社がBYD製EVバスを導入しているので、報道などを通じてBYDの存在を知っている方も少なくないと思います。
スペインのネルヴァ・モビリティがこのたび発表した「ネルヴァ エクゼ」は、最高出力12kW(16.1hp)、定格出力9kW(12.1hp)、そして最高速度125km/hの、ICE(内燃機関)車125cc相当の電動スクーターです。
このネルヴァ エグゼは、現在多くのEVやハイブリッド車に採用されているNMC(ニッケルマンガンコバルト)やNCA(ニッケルコバルトアルミニウム)のリチウム電池ではなく、BYDが生産する「LFPバッテリー」というリチウム電池を搭載していることが大きな特徴です。
LFPバッテリーを採用することのメリット
LFPバッテリーとは「リン酸鉄リチウムイオン電池」のことであり、リン酸鉄リチウム=LiFePO4組成物を含むことから略してLFPという呼び名になっています。LFPバッテリーについては昨年、EV業界のメジャーブランドであるテスラのモデル3が、テスラ/パナソニックのNCAバッテリーではなく、中国のCATL製LFPバッテリー搭載版を導入したことが、業界の話題になりました。
NCAおよびNMCバッテリーはエネルギー密度が高く、高速・長距離のEVに好んで採用されているのが特徴のひとつです。一方、LFPバッテリーはNCA/NMCバッテリーに比べるとエネルギー密度には劣りますが、NCA/NMCバッテリーにはないメリットをいろいろ持っています。
安全性の高さ
BYDの得意分野である「EVバス」ですが、同製品にはBYD製のLFPバッテリーが搭載されています。多くの人がEVに関して不安を覚えることのひとつにバッテリーに起因する火災がありますが、化学的安定性および高温耐性に優れるLFPバッテリーはショートによる燃焼や熱暴走をする可能性が低いため、NCA/NMCバッテリーよりも安全性が高いバッテリーと言われています。
寿命の長さと充電による劣化のしにくさ
EV用に使った場合、NMCバッテリーは1,000〜2,000回の充電サイクルでSOH80%(ステート・オブ・ヘルスの略で、満充電にしても初期の80%の容量しかもたない状態)になりますが、LFPバッテリーはSOH80%になるまで、4,000〜6,000回も要するほど寿命が長いです。
ネルヴァ エグゼの公称スペック航続距離は選択した走行モードによって変化しますが、1充電・100km走行で5,000回充電を繰り返したと仮定した場合、搭載されるLFPバッテリーが寿命(SOH80%)を迎えるまでに、50万km!! までオドメーターが刻む数字を伸ばすことになります!
なおネルヴァ・モビリティは、ネルヴァ エグゼは「バッテリー5年間レンタル」制度を設定しており、レンタル契約終了後に回収したLFPバッテリーを、EV用以外の用途に活用することを計画しています。いわゆる、バッテリーリサイクルによる"循環型ビジネス"への取り組みというワケです。
有害物質が少なく、コストも安い!
LFPバッテリーの組成には有毒性のあるコバルト、マンガン、ニッケルが含まれていません。またLFPバッテリーに使われる鉄の価格はマンガンよりはるかに安価で、NCA/NMCバッテリーに比較すると製造コストをかなり低く抑えることが可能です。
一方、LFPバッテリーを採用することのデメリットとしては・・・
ここまでLFPバッテリーのメリットをあげてみましたが、もちろんNCA/NMCバッテリーに対してLFPバッテリーが劣っている点はエネルギー密度で負けていること以外にもあります。LFPバッテリーが高温耐性に優れることは上述のとおりですが、低温耐性ではNCA/NMCバッテリーに軍配が上がります。また充電効率に関しても、NCA/NMCバッテリーはLFPバッテリーより優っています。
LFPバッテリーを採用したことにより、ネルヴァ エグゼが他のEVスクーターに対してディスアドバンテージになってしまっていることは、やはりICE125cc相当のスクーターとしてはかな〜り大きく重いモデルになってしまっている点でしょう。
ネルヴァ エグゼの全長は2,227mmで、ホイールベースは1,617mmもあります。これは561ccの4ストローク2気筒エンジンを搭載するマキシスクーター、ヤマハTMAX560に比べ全長で27mm、ホイールベースで42mmも長いです。
またネルヴァ エグゼの公称スペックの車重は202kgですが、すぐに走れる状態・・・になると277kgまで跳ね上がります。同条件でヤマハTMAXはネルヴァ エグゼより52kgも軽いわけですから、いかにネルヴァ エグゼがヘビー級のスクーターであるかがわかります。
NCA/NMCバッテリーに比べるとエネルギー密度が低いことから、NCA/NMCバッテリーと同等の性能を得るためには、LFPバッテリーはより多くのセルを必要とします。そのため、ネルヴァ エグゼはこれだけ大きく重いスクーターになってしまっているのでしょう。
ユニークな5年間のバッテリーレンタル方式を導入!?
ネルヴァ エグゼの気になる価格ですが、公式ウェブサイトには3,380ユーロ≒44万円から・・・と表記されています。このクラスの電動スクーターの価格としては比較的お値頃な価格に思えますが、これは電気モビリティに対する助成金「MOVES IIIプログラム」を利用し、5年間のバッテリーレンタルを申し込んだ場合の価格です。
5年間のバッテリーレンタルは付加価値税込で、月額39.9ユーロ≒5,200円という料金設定です。レンタル期間中はすべてのバッテリーにまつわるトラブルに対する保証がついており、5年間のレンタル期間終了後および更新後は、新しいバッテリーが搭載されることになります。
5年間合計で2,394ユーロ≒31万1,677円というのは、割に合うのか、合わないのか・・・は人によって判断が分かれると思いますが、仮に5年間で50万kmほどの距離を走破して、LFPバッテリーの寿命(SOH80%)までキッチリ使い倒すとしたら、十分割に合うと言えるのでしょう!?
BYD製のEVバスに採用されていることが示すとおり、LFPバッテリーはエネルギー密度の低さが問題にならない走行距離での運用・・・充電インフラが充実している環境で、走行ルートが固まっているケースでは、安全性や経済性の面から選択するメリットが大きいバッテリー型式といえるでしょう。都会への通勤などに使われることが多いであろうEVスクーターにも、サイズと重量の問題をクリアすれば、LFPバッテリーは向いているのかもしれません。
ネルヴァ エグゼは中国で組み立てられ、スペインのネルヴァ・モビリティが提供する製品ですが、ディーラーネットワークはまだ構築されておらず、上述の「MOVES IIIプログラム」と5年間バッテリーレンタルを利用した場合以外の価格については明らかにされていません。ネルヴァ エグゼに関する続報が届きましたら、改めて紹介したいと思います!
文:宮﨑健太郎(ロレンス編集部)