【エッセイ】「松前ジェット」(文・絵:東本昌平)
「松前ジェット」という鳥をご存知だろうか。
お盆の混雑から逃れて、北海道の北部にあるカブト沼公園キャンプ場で過ごすのが恒例になっていた。
今では広く整備されて、多くの人で賑わう所だが、その当時はゆったりとしていた。キャンプ場に盆踊りの櫓や、演歌歌手がやって来るという特設ステージができあがると、私たち家族は隣町までバイクを走らせ、花火を買ってくる。ロケット花火が売り切れていると、そのまた先の町まで買いに行く。
夕方になって、特設ステージでは知らない演歌歌手が歌いだし、町じゅうの人でいっぱいになる。
その片隅でバーベキューのまねごとをしていると、仲間が次々とバイクでやって来る。
一年ぶりの者もいれば、先週知り合ったとか、さっき知り合った者とかで賑やかになる。
一箱目のビールがなくなった頃。
「あのーっ、いっしょにいいですかあ?」
と、坊主頭に黒ブチ眼鏡の男が缶ビール片手にやって来た。地味なアロハにカーキ色の半ズボン、それにビーチサンダルである。
「どうぞどうぞ、バイクですかあ!?」
「ええ、ちょっと前のオンボロですけど」
「んなあ! 走りゃいいんですよォ」
「はは、ここまで走って来れましたねェ」
「どちらから?」
「道内なんです。みなさん遠くからいらしているんでしょう、豊平駐屯地ってわかりますゥ? ボク陸上自衛隊にいるんですよォ」
北海道も日常的に自衛隊と接していることを知っている。キャンプ場に鳴りひびく演歌に揺れながら、ゴキゲンを通りこしてヘベレケである。買い出し第二班のうち、半分は戻ってこない。途中でツブれているらしい。ふふ、知ったことではない。
「いやねェ冬が大変なんですよォ、冬が」
「出動って時にね、トラックのバッテリーが上がっちゃっててねェ……」
「ぶはははっ!」
もう全員できあがっていて、なにを聞いても大笑いをしている。
「それがバッテリー一個がこーんなデカくて、大人二人でやっとモテるようなヤツで、これをトラックに八個積むんですよ。それをはずしてダメなバッテリーをやっと見つけてェ、充電に八時間かかるんですよォ~ッ」
「だはははっダメじゃ~ん!!」
「ひーっひーっ」
「夜中の出動が昼になっちゃう」
笑いすぎて酔いがサメるってこともあるのだ。
「雪上訓練なんか、竹のスキーなんですからあ」
「うっそでェェ! いつの時代よォ、自衛隊の装備に竹スキーィ!?」
「ウソじゃないです。ストックなんかまんま竹ですよ。節までついてますもん」
「ぐふふふっぎゃははーっ」
「マツマエジェットって知ってますかあ」
「なにそれ?」
「マツマエジェットっていう鳥がいるんですよ」
みんな必死に笑いを堪えている。
「鳥?」
「ええ、シャ、シャシャシャ、シャシャシャシャシュギャアアーーンって鳴くんですよ。すっごい大きな音で本物のジェット機そっくりなんですよォ」
「ぐわっはーっやめてくれーっ!! ひーっひーっ!」
「松前に駐屯していた時に、朝っぱらからこれで起こされるんですよ。本当に敵の襲撃かと思いますもん」
もう酒どころではない。おかしくて息が吸えない、死にそうである。
気がつくと演歌はやんで、ドーンと打ち上げ花火がはじまっている。こっちも負けじとロケット花火で応戦する。
次の朝、その男を探してみたが、姿はなかった。
「誰もあの人のオンボロバイクとやらを見てないの?」
「あの人ユーレイなんじゃないのォ、言ってる事古くさいし。だって竹スキーだぜェ」
「そう言えばなんか変だった」
「ジェット機みたいな音出して飛ぶ鳥がいるかよ」
「だはははーっ」
「うーむ、お盆だしな」
「…………」
シャシャシャシャシュゴワァァァーッ
シャシャジャジャヒィゴーッ
初出:『東本昌平RIDE74』(2013年7月16日発行)
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上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。
下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。