漫画『キリン』の作者としても有名な東本昌平 氏は、2022年に画業40周年を迎えました。漫画作品のみならず、『ミスター・バイクBG』『東本昌平RIDE』など、ライダーにはバイク雑誌の表紙でもおなじみでしょう。このたび、画業40周年の節目に画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)をモーターマガジン社より刊行。その発売を記念し、過去のRIDEで掲載した巻末エッセイを装画と合わせ、webオートバイで初公開します。

【エッセイ】「怖いハナシ」(文・絵:東本昌平)

画像: 【エッセイ】「怖いハナシ」(文・絵:東本昌平)

「えーっ、バイク乗ってて知らないのォ?」と、言われたのは1977年の夏のマクドナルドである。

 東京で知り合ったサーファーガールは、金髪というか銅髪にオキシフルで脱色したオカッパ頭で、温泉饅頭のような肌と顔をしている。パドリングで盛り上がった肩に、足の指のピンクのペディキュアもまぶしく、定番の鼻緒の太いビーチサンダルでズリズリ歩く。大学のサーフィンサークルに入っていて、毎週のように湘南に行くという。
「カワサキのバイクなのよ……。えーとねェ……、ジュンくーん、なんだっけェ、カワサキのバイク!?」
「W1!」
「そうそうダブワンなんだってェ!!」
 話を聞くと、神奈川にあるバイパスのトンネルに、バイクの幽霊が出るのだそうだ。
 そのトンネルを走っていると、ものすごい音がして、前輪のないW1が追いかけて来るというのだ。あるときは、誰も乗っていないW1だったり、首から上のないライダーが乗っていたりして、とてもコワイらしい。
「有名なのよォ。アンタ地元でしょう!?」
「お? おお……」

 そのバイパスの3つあるトンネルの最も東京寄りとなれば、俺の実家のそばにあるトンネルだが、そんなヨタ話を聞いたこともない。
「フカシこいてんじゃねーよ!」と一蹴すればすんだものを、次から次へとサークルの連中がやって来て、7~8人に「ありゃマジだな」とか「知り合いがGT-Rでふり切れなかったって」とか言われると、なーんかサーファーに負けた気がしてマックシェイクをズイズイ飲んでいる。

「でも、どうしてW1なんだ?」
 バイパスが開通してから9年だが、バイクに限らずそのトンネルで事故は起きてないし、だいたいバイトが遅くなって深夜に帰るときは、歩いて通っているのだ。
 当時はまだ対面通行だったバイパスを、何回も行ったり来たりして、トンネルあたりをウロウロするものの、前輪のないW1の幽霊はあらわれない。トンネルの出口で見張ってみたり、バイクのライトが見えると追撃したり、W1やW3だとしばらくまとわりついたりして、めずらしく執念を見せたりするのだが、出やしない。
 夜な夜なそんなことをしていると、フェアレディZの交機と親しくなって、暇人同士、暗がりでツナサンドの話をしながら一服する始末だ。ちなみに交機も幽霊の話は知らないと言う。

 一週間ほど頑張って、サーファーガールに出ないと言うと、
「そう……鎌倉のトンネルに120キロで追いかけて来る老婆の幽霊が出るってよ」
「カマクラじゃなくてさあ……」
「最近さあ、千葉の海に行ってるからさあ、あんまし湘南には行ってないのよねェ」
「…………」
 しばらくすると、そのトンネルに、すごい勢いで追いかけて来るCB750の幽霊が出るという話だ。

初出:『東本昌平RIDE75』(2013年8月16日発行)

東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

画像: 東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

『東本昌平Artworks PRIDE』上巻・下巻
価格:2,970円/発売日:2022年3月31日/総頁数:228ページ/サイズ:A4変形

上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。

下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。

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