【エッセイ】「怖いハナシ」(文・絵:東本昌平)
「えーっ、バイク乗ってて知らないのォ?」と、言われたのは1977年の夏のマクドナルドである。
東京で知り合ったサーファーガールは、金髪というか銅髪にオキシフルで脱色したオカッパ頭で、温泉饅頭のような肌と顔をしている。パドリングで盛り上がった肩に、足の指のピンクのペディキュアもまぶしく、定番の鼻緒の太いビーチサンダルでズリズリ歩く。大学のサーフィンサークルに入っていて、毎週のように湘南に行くという。
「カワサキのバイクなのよ……。えーとねェ……、ジュンくーん、なんだっけェ、カワサキのバイク!?」
「W1!」
「そうそうダブワンなんだってェ!!」
話を聞くと、神奈川にあるバイパスのトンネルに、バイクの幽霊が出るのだそうだ。
そのトンネルを走っていると、ものすごい音がして、前輪のないW1が追いかけて来るというのだ。あるときは、誰も乗っていないW1だったり、首から上のないライダーが乗っていたりして、とてもコワイらしい。
「有名なのよォ。アンタ地元でしょう!?」
「お? おお……」
そのバイパスの3つあるトンネルの最も東京寄りとなれば、俺の実家のそばにあるトンネルだが、そんなヨタ話を聞いたこともない。
「フカシこいてんじゃねーよ!」と一蹴すればすんだものを、次から次へとサークルの連中がやって来て、7~8人に「ありゃマジだな」とか「知り合いがGT-Rでふり切れなかったって」とか言われると、なーんかサーファーに負けた気がしてマックシェイクをズイズイ飲んでいる。
「でも、どうしてW1なんだ?」
バイパスが開通してから9年だが、バイクに限らずそのトンネルで事故は起きてないし、だいたいバイトが遅くなって深夜に帰るときは、歩いて通っているのだ。
当時はまだ対面通行だったバイパスを、何回も行ったり来たりして、トンネルあたりをウロウロするものの、前輪のないW1の幽霊はあらわれない。トンネルの出口で見張ってみたり、バイクのライトが見えると追撃したり、W1やW3だとしばらくまとわりついたりして、めずらしく執念を見せたりするのだが、出やしない。
夜な夜なそんなことをしていると、フェアレディZの交機と親しくなって、暇人同士、暗がりでツナサンドの話をしながら一服する始末だ。ちなみに交機も幽霊の話は知らないと言う。
一週間ほど頑張って、サーファーガールに出ないと言うと、
「そう……鎌倉のトンネルに120キロで追いかけて来る老婆の幽霊が出るってよ」
「カマクラじゃなくてさあ……」
「最近さあ、千葉の海に行ってるからさあ、あんまし湘南には行ってないのよねェ」
「…………」
しばらくすると、そのトンネルに、すごい勢いで追いかけて来るCB750の幽霊が出るという話だ。
初出:『東本昌平RIDE75』(2013年8月16日発行)
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