【エッセイ】「サイドカー」(文・絵:東本昌平)
若い頃。くる日もくる日もホワイトのボトルに名前を書いては、俺にはホワイトが一番合っていると信じていた頃。私と同じ年のヒロが店に入ってくるなり、
「きのうねェ、サイドカーに乗せてもらっちゃったあ!! 」と言い放つ。
「鎌倉街道ってあるじゃなーい」
「どこの?」
「えっ鎌倉街道よ、知らないのォ?」
「鎌倉街道っていっぱいあるんだヨ」
「ウソ」
「いざ鎌倉って言ってナ」
「……まっいいや、とにかく夜の鎌倉街道をBMWのサイドカーですっ飛ばしたの、気っもちよかったんだからあ!!」
「そりゃよかった……ネ」
「BMWよ! BMW!!」
「…………」
ヒロがバイトに入っているスナックの客に、ロマンスグレイのステキなおじ様がいて、サイドカーに乗せてくれるというのでホイホイついて行ったのだという。その頃RS750を転がしていた私は、サイドカーにもBMWにも、それからヒロにも興味を感じていなかったが、
「ショウヘイはサイドカー運転できんの? じゃあサイドカーに乗ったことあるの!?」
「ない」
「乗ったことないのーっ、気っもちいいんだからああ!!」
たしかに興味はないはずなのだが、だんだん腹が立ってくる。歳のはなれすぎたスケベなオヤジにも、BMWのサイドカーにも、ヒロという女にも、それから鎌倉街道にも腹が立ってくる。
「いくらナナハン乗っていても、まだまだ子供よねェ」と言われるしまつだ。
一生サイドカーに乗ることもないだろうと思っていたが、家族ができると考えも変わる。
クルマでオートキャンプも悪くないが、サイドカーで長期ツーリングもアリだなと。
クラウザー社のドマニというサイドカーは、『世界GPレース用サイドカーを、公道用にフィードバックした乗り物で、初めから3ホイラーとしてフレームやボディを設計、デザインした『次世代のサイドカー』とある。
これがいけなかった。私はてっきりビラントのドライブで圧倒的な速さを誇ったリア二輪駆動のGPサイドカー『ベオ』が公道用に販売されるものと勘違いしてしまったのだ。
これなら二輪車に側車をつけただけのサイドカーと違って、サイドカー素人の私でも3歳になったばかりの娘を乗せて、全国ツーリングできるではないか。
ドマニを手に入れた時、娘は幼稚園の年長組になっている。ドマニのトランクは容量も大きいのだが、オートキャンプとなると入りきらない。ホンダビートのキャリアをモトコの本橋さんに改造してつけてもらい、走っている間じゅう会話ができないのではかわいそうだと、子供用のアライのヘルメットにインカムをつけることにする。伴走するカミさんのバイクとも話せるようにしよう。すると、ハチスカ・ドクターから電話があって、ドマニにつけてやるから持って来いという。
前にドマニにケテルをつけてあるのを見て、みっともないつけかたをしていたので、ちゃんとカッコよくつけてやるから、しばらくドマニを置いていけという。めでたく無線とインカムがついてくる。
これで娘もあきないはずだ。いや、娘はあきることがない。ケテルで親子3人で話せるのが気にいって、会話をしているうちはよかったが、娘は興に乗って歌を唄いだす。4歳の娘はでたらめな歌を歌いつづける。とにかく唄いたおすのだ。たまったものではない。音量をしぼったくらいではダメだ。スイッチを切っても娘は大声で歌いつづける。
「クソ~~ ッ、一ヶ月は夏休みだかんな~っ!!」
でたらめな歌は、思いつきでエンドレス。
初出:『東本昌平RIDE97』(2015年6月15日発行)
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価格:2,970円/発売日:2022年3月31日/総頁数:228ページ/サイズ:A4変形
上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。
下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。