スズキ「GSX750E」の歴史・特徴
カワサキのZ系やホンダのCB-F系がそうであったように、1970年代の大型車はまず欧米市場向けにリッターマシンを開発し、それをベースに日本向けにスケールダウンする手法が主流だった。しかし、長らく4ストマシンの開発から遠ざかっていたスズキは、さまざまな問題への対処のしやすさから、まず1976年末から1977年にかけて国内向けにGS750、GS400、GS550を投入。その実績を経て、1978年にGS1000をリリース。ヨシムラの手によって国際格式となったその年の鈴鹿8時間耐久レースを制し、レースにも通用するポテンシャルを備えていることを世界中に知らしめた。
すでにライバルメーカーが確固たるポジションを築いている4スト市場に投じる次期モデルの開発は、性能向上はもちろんのこと、アメリカで強化され始めた排出ガス規制への対応や騒音の減少、燃費改善といった諸問題にも取り組むことになる。その対応策が燃焼効率を高めるDOHC4バルブであり、TSCCであり、乗り心地と安定性を両立させるANDFだった。
こうして生まれた4バルブDOHC4気筒のGSX1100E、GSX750Eは、期待に違わぬ動力性能を発揮。スズキの4ストエンジン開発への評価をさらに高める。その一方で、ボテッとした外装デザインには賛否両論あり、燃料タンク容量が24リッターに増やされた1981年型のGSX750Eは、そのずんぐりとしたタンク形状と赤いカラーリングから、『赤ベコ』というあまりありがたくないニックネームで呼ばれるのだった。
その後のバイクブーム、レーサーレプリカブームの中で、GSXシリーズはアルミフレームにフルカウル、油冷エンジンのR系、斬新なデザインで世界中にセンセーションを巻き起こすカタナ系がそれぞれにシリーズ展開。本流のE系は高速ツアラーとしての性格を強めていく。
国内向け750シリーズは、赤ベコと呼ばれた1981年のⅡ型、メーターやヘッドライトに改良が加えられた1982年のⅢ型を経て、1983年に角パイプフレームやフロント16インチ、フルフローターサスを装備したⅣ型にフルモデルチェンジ。空冷エンジンの搭載はこのE4が最後となり、この後1989年に登場するフルカバードボディのGSX750Fには、GSX-R750ベースの油冷エンジンが搭載された。
カタナとGSX-Rのデビュー以降、その陰に隠れる形であまり脚光を集めることのなかったE系のGSXシリーズだが、1980年代中盤の大型車市場において確かな足跡を残したモデルシリーズだったと言える。
GSX750E2(1981年2月)
1981年のマイナーチェンジはカラーリングを始め、燃料タンクやハンドル形状などを変更。
GSX750E3(1982年3月)
軽快な運動性能を誇るGSX750Eは、この年、燃料計や油温計などメーターのレイアウトと、ヘッドライトのデザインを変更。
GSX750E4(1983年2月)
ベーシックモデルのGSX-Eは、角形断面フレームを新採用。フロント16インチとリア・フルフローターサスもこの4型で初導入された。
まとめ:RIDE編集部