文:濱矢文夫、アドベンチャーズ編集部/写真:柴田直行
KTM「1290スーパーアドベンチャーR」インプレ(濱矢文夫)
荒れ地の走らせ方、求められるものを熟知している!
最高出力160PS、最大トルク138Nmを発生する排気量1301ccのエンジンを搭載しながら実直に楽しくオフロードを走らせようとするなんてKTMしかやらない。そしてKTMだからこそできる。
LC8と名付けられた75度Vツインエンジンを搭載した1290スーパーアドベンチャーには2種類のモデルがある。スーパーアドベンチャーSとこのスーパーアドベンチャーRだ。
〝S〟は磁気バルブを電子制御してダンピングを変更する電子制御WP製セミアクティブ・サスペンション・テクノロジーを採用した足や、ミリ波レーダーで前車との距離をはかり、指定した車間を保つよう速度を自動で制御するアダプティブ・クルーズコントロールの採用など、最新技術をてんこ盛りにした先進のモデル。フロント19インチ、リア17インチのホイールサイズでオンロードの軽快性と、無理なくオフロードを走れる走破性を手にしている。快適性も含めてアドベンチャーカテゴリーの中でトップクラスに優れた万能モデルだ。
この1機種あれば十分だと思うところなのに、ダートでの走破性がもっと上がるフロント21インチ、リア18インチのワイヤースポークホイールを履いてオフロード走行を念頭においた〝R〟を開発して売るのだからおそれいる。
〝S〟にあるセミアクティブ・サスペンションやアダプティブ・クルーズコントロールは装備されていない。変更しやすくなっているとはいえ、マニュアルでの好みのサスペンションセッティングをほどこす仕様。より足が長くなっており前後のホイールトラベルは〝S〟より20mm大きい220mm。最低地上高も20mmアップの242mm。本気度がうかがい知れるスペック。
今回は機会がなかったが、以前、これでダートコースを走り込んだことがある。身長170cmにとって間違いなく大きく、乗る前は圧倒されていたけれど、走り出してしまえば、前後に長くなく、上からエンジン横まで伸びた燃料タンクのおかげもあって、低重心で、悪路で車体が傾いても、オフロード走行経験者なら高度なテクニックを必要とせず復元させやすいコントロール性。前後のサスペンションは低速でもやさしく動いて、奥にいくほどダンピングが強まるプログレッシブな特性を持つ。
見通しの良いストレートをエンジンパワーにまかせて速度を自分の可能な範囲で上げている最中、目の前にやや深い凹みがあり、避けようがなく突っ込んだ。フロントは後ろ荷重にやりすごしたけれど、リアサスペンションがしこたま深く入り込む。反動で後輪が跳ね上げられるのを覚悟したが、優れたダートバイクのように伸びのダンピングが働き、少し振られただけで何事もなく通過。こんなに大きいのにオフロード性能は生半可じゃない。土の上を走るのが好きな者としては880mmのシート高も気にならずはしゃいだ。
特にライディングモードを「オフロード」よりアクティブなコントロールが可能な「ラリー」に変えると、低中回転域でスロットルを急開したときに即座にガツンとトルクが立ち上がり、いろいろなシチュエーションで対処しやすくなって楽しい。
最近は世界グランプリロードレースでの活躍などオンロードでのレース活動も盛んにやっているKTMだが、そのルーツはオフロードにあって、市販の競技車両では世界中で大きなシェアを誇るメーカーである。未舗装の荒れ地の走らせ方、ライダーが求めるものを熟知している。WP製フロントフォークなど、断続的に素早く伸び縮みを繰り返す場面でもしっかり追従していき、間に合わずにとっちらかって横に逃げにくい安定したスタビリティを発揮。
6月にあった世界屈指のハードエンデューロレース、『エルズベルグロデオ2022』では500台ほどスタートして完走できたのは8人、8台。そのうちの6台がKTM、ハスクバーナ・モーターサイクルズ、GASGASのKTMグループブランドだった。優れたノウハウがあり、オフロード走行が間違いなく好きな人がいるから、このアドベンチャーモデルが生まれたと考える。
片道100km程の高速道路を往復走行してみた。オンロードだけでなくオフロード走行も考慮したブロックタイヤを履いているけれど、常識的な速度域ではまったく不満がない。減速時にフロントフォークが深く入り込むのと、オンロード専用のタイヤよりグリップが低いことを頭に入れておけばいいのみ。
リーンの角度と路面状況に合わせた最新のABSとモーターサイクルトラクションコントロールも頼りになる。アダプティブではないけれど簡単に設定できるクルーズコントロールを使って車の流れに合わせた巡航をこなした。エンジンはパワフルながら思うがままで、自分の進みたい意思と同期。直進安定性にもまったく不満はなかった。
比べると〝S〟よりマーケットは小さいと思う。利益を考慮すると二の足を踏んでもおかしくない。それでも、KTMは踏み出す。この〝R〟からは、冒険旅行にはこれが必要なんだ、という強い信念を感じる。必要に迫られなくても、いつか道なき道を行きたい気持ちが少しでもあるなら、KTM1290アドベンチャーRほど同伴に適した友はいないだろう。