近年導入例が増加しているARAS(アドバンスド・ライダー・アシスタンス・システム)などを機能させるのに、欠かせないパーツがIMUだ。6軸IMUの場合、走行中の「前後」「左右」「上下」の3軸方向の加速度と、「ピッチ」「ロール」「ヨー」の3軸方向の角速度(回転速度)を検出することが可能だが、いったいIMUはどんな方法で「慣性」を計測しているのだろうか? IMUの簡単な歴史と、その興味深い仕組みを紹介したい。
文:宮﨑健太郎

アポロ計画でも活躍していたIMU

IMUが2輪量産市販車に搭載されるようになったのは2010年代に入ってからだが、IMUの歴史そのものは結構古いものだ。多くの先端技術がそうであるように、IMUが最も初期に活用されたのは航空宇宙工学や兵器工学の分野だった。弾道ミサイルやアポロ宇宙船などが正確に自律飛行するために必要な、慣性ナビゲーションシステム用に初期の古典的なIMUが採用されたのである。

画像: アポロ宇宙船のコマンドモジュール(司令船)に搭載されたIMU。ジャイロスコープと加速度計の組み合わせにより、宇宙船の速さと位置を把握することを可能していた。なおベースとなったのは、ポラリス弾道ミサイル用IMUだった。 en.wikipedia.org

アポロ宇宙船のコマンドモジュール(司令船)に搭載されたIMU。ジャイロスコープと加速度計の組み合わせにより、宇宙船の速さと位置を把握することを可能していた。なおベースとなったのは、ポラリス弾道ミサイル用IMUだった。

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アポロ宇宙船に搭載されたIMUは、角速度センサーである3つのジャイロスコープと3つの加速度計(センサー)を組み合わせたもので、それぞれから送られる信号によって慣性を測るものだった。しかし、当時の技術は完璧ではなかったこともあり、定期的に星の位置を観測することにより調整する必要があったそうだ。なお、この時代の古典的IMUの全体サイズはバスケットボールくらいの大きさであり、約45kgの"機械然"とした装置だった。

今では、スマートフォンなどに搭載されるほど小型化されたIMU

大型で高価な光学式ジャイロより安価な、水晶やセラミックの圧電体を使用する振動ジャイロが開発されたことにより、IMUはカーナビなど民生用製品にも導入されていくことになる。そして今普及している最新のIMUは、黎明期のIMUよりはるかに軽量・小型化されているのだが、それを可能としたのがMEMS技術だ。

画像: 独ボッシュ社のモビリティ用IMUユニット。 www.bosch-mobility-solutions.com

独ボッシュ社のモビリティ用IMUユニット。

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現代のモビリティ用IMUは、MEMS=Micro Electro Mechanical Systems(微小電子機械システム)技術の産物である。その外観を一見して半導体部品と思う人が多いだろうが、MEMSの中のメカニカルの語が示すとおり、その中身には「機械」が入っている。

画像: 2015年型ヤマハYZF-R1には、6軸IMUが搭載されている。このIMUのMEMSジャイロセンサーはロール、ピッチ、ヨー、そしてMEMS加速度センサーは前後(スラスト)、左右(スウェイ)、上下(ヒーブ)の動きを検出しています。 global.yamaha-motor.com

2015年型ヤマハYZF-R1には、6軸IMUが搭載されている。このIMUのMEMSジャイロセンサーはロール、ピッチ、ヨー、そしてMEMS加速度センサーは前後(スラスト)、左右(スウェイ)、上下(ヒーブ)の動きを検出しています。

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2輪用の6軸IMUが検出する6つの動きをそれぞれ説明すると、ロールは旋回時などの傾き、ピッチはウィリーやストッピー的な動き、ヨーはコーナリング時に後輪が滑るような動きとなる。そしてスラストは加減速などの前後の動き、ヒーブは路面の凹凸を越えるときの動きであり、スウェイはコーナリングで前後タイヤが滑って、大きくバイクが横に動いた状態だ。

多くの人は、乗車している電車が加速したときに吊り革や自身の体が進行方向と逆に揺れ、減速したときは進行方向に揺れることを体験し、慣性というものを意識したことがあるだろう。IMUの中の「機械」も、吊り革や体の揺れと同じ原理で作動をしている。つまり、IMUの中のシリコンのバネに支えられた振動子が慣性によって動くことで、どれだけ慣性がかかっているのかをIMUは検出しているのだ。

画像: MEMS加速度センサー(静電容量方式)の原理。シリコンのバネに支持された「振動子」の可動電極は、慣性力を受けると固定電極に近付く。その際の静電容量の変化によって加速度の大きさが検出できる。 www.tdk.com

MEMS加速度センサー(静電容量方式)の原理。シリコンのバネに支持された「振動子」の可動電極は、慣性力を受けると固定電極に近付く。その際の静電容量の変化によって加速度の大きさが検出できる。

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画像: MEMSジャイロセンサー(※静電容量方式)の原理。移動する物体に回転が加わったとき元の状態を保とうとする「コリオリ力」を検出するため、振動体は常に振動させている。センサーが回転すると振動体の振動方向と垂直にコリオリ力が働き、角速度の大きさを静電容量の変化によって検出する。 www.tdk.com

MEMSジャイロセンサー(※静電容量方式)の原理。移動する物体に回転が加わったとき元の状態を保とうとする「コリオリ力」を検出するため、振動体は常に振動させている。センサーが回転すると振動体の振動方向と垂直にコリオリ力が働き、角速度の大きさを静電容量の変化によって検出する。

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「機械」といっても、シリコンバネは金属バネのように劣化することはない。そして、このシリコンバネは半導体集積回路プロセス技術発展の恩恵によって開発が進められたようなものであり、シリコンウエハーに各種「マイクロマシニング」を施すことで、一度に多くのセンサーを量産することが可能になっている。

画像: 手前に映るのは、人間の髪の毛である。髪の毛との比較から、いかにMEMS技術で作られたセンサー(写真奥)が、緻密な作りであるかが良くわかる。真空で密閉されているため、空気抵抗はクシのような構造をした振動子の動きに一切影響を与えることはない。このセンサーを搭載するIMU(ボッシュ MM5.10)のサイズは80x56x21mmで、重量はわずか35gという軽さだ。 www.bosch-mobility-solutions.com

手前に映るのは、人間の髪の毛である。髪の毛との比較から、いかにMEMS技術で作られたセンサー(写真奥)が、緻密な作りであるかが良くわかる。真空で密閉されているため、空気抵抗はクシのような構造をした振動子の動きに一切影響を与えることはない。このセンサーを搭載するIMU(ボッシュ MM5.10)のサイズは80x56x21mmで、重量はわずか35gという軽さだ。

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なおMEMS技術で小型・軽量化され、シリコンウエハーにマイクロマシニングによって安価・大量生産ができるようになったIMUは、スマートフォンやデジタルカメラなどに搭載され、手ぶれ補正など便利な機能を世界中のユーザーたちに提供している。

画像: ボッシュの小型IMU、BMI260ファミリーは、スマートフォン、カメラ、ビデオなどに最適化された製品だ。 www.bosch-presse.de

ボッシュの小型IMU、BMI260ファミリーは、スマートフォン、カメラ、ビデオなどに最適化された製品だ。

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5軸と6軸のIMUの違いは?

2輪量産車にIMUが初搭載されたのは、2011年のアプリリアRSV4 Factory APRC SEのボッシュ製だったが、2015年のヤマハYZF-R1/Mの6軸IMU以外、IMU導入初期時代のモデルの多くは5軸IMUを採用していた。5軸IMUは3つの加速度センサーと2つのジャイロセンサーの組み合わせで、2つのジャイロセンサーをX軸、Y軸、Z軸のいずれか2つに割り振り、特別なアルゴリズムを使用することで不足しているひとつの軸の分を補足している。

画像: ボッシュとしては、第5世代にあたるIMU「MM5.10」。いわゆる5軸IMUだ。 www.bosch-motorsport.com

ボッシュとしては、第5世代にあたるIMU「MM5.10」。いわゆる5軸IMUだ。

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5軸IMUで済むなら6軸IMUは必要ない・・・と考えてしまうこともできるが、5軸IMUには取り付け位置や角度に制約がある。なおBMW S1000RRはIMU導入時に5軸のボッシュMM5.10を搭載していたが、現在は更新されたボッシュMM7.10という6軸IMUを採用している。MM7.10はY軸(ヨー)を追加することで5軸IMUよりも計測精度が向上し、取り付けの制約も減少されているのが6軸IMUの長所だ。

画像: ボッシュの6軸IMU「MM7.10」。「MM5.10」に貼られたラベルと見比べると、ジャイロセンサーのY軸(ヨー)が追加されていることが図示されているのがわかる。サイズ・重量は80x56x23.3mm・35gで、MM5.10とほぼ同じ大きさと重さにおさまっている。 www.bosch-motorsport.com

ボッシュの6軸IMU「MM7.10」。「MM5.10」に貼られたラベルと見比べると、ジャイロセンサーのY軸(ヨー)が追加されていることが図示されているのがわかる。サイズ・重量は80x56x23.3mm・35gで、MM5.10とほぼ同じ大きさと重さにおさまっている。

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2輪用IMUのMEMS振動ジャイロセンサーは、衛星やロケットなどに使用される光ファイバージャイロセンサーの正確さを校正の参考にしている。しかしボッシュによると、MM5.10が登場する5〜6年前の段階で、すでにMEMS振動ジャイロセンサーと光ファイバージャイロセンサーとの偏差は、ほとんどなくなっていたそうだ。

つまりハードウェア・・・センサー自体はすでに制限の要因ではないといえる。今度の2輪IMUの発展を担うのはセンサーからの信号をどのように解釈し、各種制御に活かすかというソフトウェア面の改良だろう。

IMUで得た慣性のデータは、ホイールスピードセンサーによる前後輪の速度、スロットル開度センサー、エンジン回転数などの各種センサーで得たデータと照合される。そしてエンジン出力を抑制してTSC(トラクションコントロールシステム)を適切に作動させたり、ABS(アンチロックブレーキシステム)の効き具合を調整したりする。

TSCもABSもすでに20世紀末の1990年代には、様々なモデルに採用されていた技術ではあるが、より適切で高度な制御が可能になったのはIMU導入のほか、フライバイワイヤによる電子制御スロットルが普及するようになってから・・・といえよう。キャブレターや初期のインジェクションという"旧い燃料系"の時代には不可能だった、きめ細やかな各種制御が可能になってはじめてTSCやABSも本格的に活かされるようになったといえる。

なおボッシュは20世紀末の1998年にはすでにMEMS技術を手中に収めていたが、その果実であるIMUを十分に活かすには、上述の燃料系の制御などの周辺技術が機を熟すまで待たなければならなかったわけである。

現状ではコスト的な観点などから高額車に採用されることが多いIMUだが、ARASのような2輪車の安全性を高める機能の需要が今後も高まるであろうことから考えると、今日のほとんどのスマートフォンにIMUが搭載されているような状況が、将来の2輪分野においても当たり前になっているのかもしれない。

文:宮﨑健太郎

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