2016年モデルから、BMWが採用を開始
4輪車のESS採用は、BMW、ボルボ、メルセデスベンツ、そしてフォルクスワーゲングループの各ブランドなど欧州車からはじまった。ストップランプを点滅させたり、ハザードランプを点滅させたりとそのやり方はさまざまだが、後続車に自車が緊急ブレーキ状況にあることを知らせるという目的は一緒である。
ABS(アンチ ロック ブレーキ システム)をはじめ4輪で採用された安全のための装備が、遅れて2輪にも導入されるというのはよくある話だが、ESSもその例に漏れず、BMWモトラッドの2016年モデルの一部からダイナミック ブレーキ ライトの名称で採用が始まった。
BMWは「セーフティー360°」というテーマで、2輪車の安全性を追求してきたが、BMW版ESSであるダイナミック ブレーキ ライトの導入もその一環である。50km/hオーバーの速度から急減速したとき、ブレーキランプが5Hzの周波数で点滅。そして停止に近づく14km/h以下の速度になると、ハザードランプも点滅して警告。再び20km/hの速度に達するまで、点滅を続ける仕様だ。
4輪車などから追突されたとき、ライダーが環境にむき出しという特性上、2輪車のリスクははるかに4輪車のそれよりはるかに上なのはいうまでもない。追突事故のリスクを低減するESSは、事故のほとんどはヒューマンエラーから起こることを前提とし、ヒューマンエラーを最小限に抑えるため、電子制御技術などを使ってドライバーの運転を支援するシステムであるARAS=アドバンスド ライダー アシスタンス システムの一部である。
なお2014年に発表された機械工学の論文には、ESSによるブレーキランプの点滅が2秒以上続くと、後続車の反応時間が10〜21%短縮され、標準的なブレーキランプを採用する例よりも衝突が90.9%減少することが報告されている。
欧州、そして日本にもESSは導入されてはいるが……
BMW2016年モデルの導入後、ホンダも2018年モデルのCRF1000Lアフリカツイン系、ゴールドウイング系モデルにESSを採用している。その後、ホンダはこれら以外の機種にもESSを採用しており、カワサキも2022年モデルのH2 SX系にESSを採用するなど、日本のメーカーが国内販売する車両にもESSは順次導入されている。
4輪も2輪もESSの導入は欧州が先行したが、その背景には欧州の安全意識の高さが背景にある。BMWが2016年モデルにESSを導入した当時、灯火類の法規的にESSの即時導入が可能だったのはEU(欧州連合)およびECE(欧州経済委員会)の諸国だけだったのである。近年は欧州の法規の準じる傾向が強い日本は、2017年2月より2輪車の緊急制動表示灯の使用を認可している。それを受けてホンダなどは、ESSを採用したモデルを国内販売開始したというわけだ。
一方で未だに赤色のウインカーを許可するなど、灯火類の法規に関して独自路線を墨守するアメリカでは、ESSによるテールランプの点滅は、2輪だけでなく4輪にも認可されていない。このことには、ESSの有益さを信じる消費者たちから反感を買っているようだ。アメリカの今後はさておき、ESSによって安全性を高められることが様々な研究や調査データによってより一層明らかになれば、ESSを採用するモデルの例は世界的に増えていくことになると予想される。
車両の装備ESS以外の、ESSの可能性
2輪も4輪も、ESSはIMU(慣性計測装置)によって急ブレーキ状態になっていることを感知している。現代のMEMS=Micro Electro Mechanical Systems(微小電子機械システム)技術の賜物であるIMUは、MotoGPマシンに代表される速さを追求する乗り物だけではなく、公道を走る2輪車の安全にも大きく寄与しているのだ。
スマートフォンなどのガジェットに搭載できるくらいIMUは小型・軽量化された機械だが、イタリアのヘルメットメーカーであるノーラングループ傘下のn-comはそのような現代のIMUの特徴を活かして、ノーランブランドなどのヘルメットに装着できるESSを発売しており業界の話題になっている(※日本では未発売)。
現在IMUを搭載している機種は高額車がほとんどであり、IMUを使ったESSの恩恵を受けることができるのは限られた高額車オーナーのみ・・・というのが現状であろう。しかしn-comのESSのようにヘルメットにESSを取り付けるというアイデアは、より多くのライダーがESSによるリスク低減というメリットを、享受できる可能性を感じさせるものだ。
車両のテールランプより高い位置にあるヘルメット後頭部装着型のESSは、後続車両からの被視認性にも優れ、乗る車両を問わず常にESSのプロテクションをライダーに提供する。このようなアフターマーケットのESS製品も、安全性を高めることに熱心な作り手によって今後も増えていくことになるのかもしれない。
文:宮﨑健太郎