※本企画はHeritage&Legends 2022年2月号に掲載された記事を再編集したものです。
ハーキュリーズ最速の油冷機は熟成進化が進む
「エンジンパーツについては、特別なモノは使っていませんよ。皆さんも普通に購入できるモノで組み上げています」と笑うのは、刀鍛冶の石井代表。同店がテイスト・オブ・ツクバの最高峰・ハーキュリーズクラスで走らせるGSX1100Sレーサーは、空冷カタナを基にGSX-R1000K5(’05年型)のディメンションを落とし込んだ独自の鉄フレームに、油冷エンジンを搭載する。その排気量は1277㏄、現在は出力が160㎰程度、トルクは13kg以上だ。
「今回、エンジンを開けるのは、4年間使い続けた上での各部チェックと、次のステップに進むための準備。リスク承知なら現状で170㎰ぐらいまで狙えますが、さらにその上のパワーをとなると、今のGSF1200の純正シリンダーではこの1277ccが目一杯。ドラッグレース用ビッグブロックシリンダーへの置換が必要となるでしょうし、カムも今のヨシムラST-IIからWEBなど海外製のST-IIIに換えることになる。それらのリスクを考えると、まずは今の仕様でもう少し詰めたいかな」
過去に何度か触れた通り、同車の1277㏄エンジンは当初、ハイパワー獲得の代償として、熱によるシリンダーブロックのひずみやそれに因るガスケット吹き抜け、エンジンブローなどに悩まされ、石井さんはそれをこつこつと対策し、安定的に上位入賞を得るまでに熟成してきたもの。データのない新パーツ投入を行う前に、やり残した課題を乗り越えたいと考えているのだ。例えば、TOTの舞台・筑波サーキットはトップエンドの伸びより、コーナー脱出時を支えるぶ厚いトルクが重要で、ここを伸ばしたいという。
「具体的には圧縮比を上げる方向。それに現状仕様の他のパートが持ち応えられるか、行方選手のライドでさらにタイムが詰まるのかをもう少し見てみたい。自分は車体屋と思っていますから、次々と新しいパーツを投入するというよりは、いかにこのパッケージで速く走らせられるか、に興味とこだわりを持っているんです」
こうして油冷エンジンに独自のノウハウを積み上げる刀鍛冶だが、その腕を頼って全国からマシン製作の依頼が集まる。中にはこのTOT仕様に準じた、ハイパフォーマンス・チューンを望むユーザーもいるのでは? と問うと。
「このエンジンはTOT参戦を目的に組み上げたもので、諸々のリスクを考えるとストリート・ユースには勧めません。予算も割いてもらうことになるし。もちろん、国際級ライダーの行方選手がレースで使うタフなエンジンですから、街中で乗る程度なら問題など出ないだろうとは思いますが(笑)」
一方、刀鍛冶では一般向けにも、得意の油冷機や店名由来の空冷カタナを軸にカスタムや修理・整備を請け負い、オリジナルパーツも多数輩出している。中でもGS1200SSにはオリジナルのGS1000Rタイプ外装を組み込み、オーダーに合わせたコンプリートカスタムを提供してきたが、その現状はどうだろう?
「TOTで名前を知っていただけたためか毎日忙しくしてますよ(笑)。GS1200SSは中古車価格が急騰したもので、車両手配からのコンプリート製作は一旦お休みしています。GS1000Rタイプボディキット(前後カウル、スクリーン、タンクカバー、アルミインナータンク、ステー等一式。FRP製/平織りカーボン製/綾織りカーボン製あり。35万2000円〜49万5000円)は変わらず販売中で、車両持ち込みでの装着・カスタム製作には応じます」
レースでの地道な取り組みと生み出されるパーツ群、それらノウハウの実直なユーザーへのフィードバック……。刀鍛冶の動向は油冷ファンなら注目を続けたい。
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キモは組み! 誰もが入手できるパーツで構成されるシリンダーヘッド
まずは’89年型GSX-R1100ベースのシリンダーヘッドを見る。
インテークバルブ径はφ28.5mm、EX側はφ25mm。
カムまわりはヨシムラST-ll+APEスプロケの組み合わせだ。
スタッドボルト横の純正オイルラインを塞いだ代替としてシリンダーヘッドサイドからカムシャフトまわりに、ダイレクトにエンジンオイルを送り込む、ワンオフのバイパスパーツがヘッド左右のスライダーと共締めで装着される。
インテーク(左)、エキゾースト(右)ともに、ポート内はスムーズに吸排気が流れるように研磨されている。
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いかにガスケット吹き抜けを防ぐかに腐心したシリンダー周辺を見る
シリンダー側(上左)、ヘッド側(上右)ともにオイル通路は塞がれている。下写真のとおり背面側スタッドボルトへの剛性アップを目的としたカラーを追加するとともに、ガスケット吹き抜けによるオイル漏れを防ぐ処置だ。
ヘッドとシリンダー間には、オリジナルで締結ボルトを追加している。これらでハイパワー化によるヘッドやシリンダーのひずみ、それに因るオイル漏れなどのトラブルを克服した。
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オーセンティックなパーツ&チューンのクランクとミッション
上のφ83mmのJEピストンに対応するために打ち換えられたライナーは下写真の通り、スタッド穴ぎりぎりまで拡大されているのが分かる。オイル通路を塞ぐなどの対策前はスタッド穴横の通路からエンジンオイルが浸入するトラブルが起きたこともあったという。
コンロッドはキャリロのH断面を使用。
クランクシャフトは’89GSX-R1100用だ。強度低下によるトラブル回避を意識して、軽量化など行わずにそのまま使用しているという。
ミッションには’89GSX-R750RKのクロスミッションを流用。
シフトまわりにはドッグ加工が施されている。