※本企画はHeritage&Legends 2022年3月号に掲載された記事を再編集したものです。
カスタム素材には惜しいオリジナル度が決め手
日本車製アメリカンの元祖であり、カワサキLTDシリーズの始祖であるKZ900LTD。1970年代後半、ホンダが「カスタム」、ヤマハの「スペシャル」、スズキは「L」の名称でプルバックハンドルと段付きシートモデルを発売した時代、子どもだった私にとってそれらは不思議な存在だった。なぜスタイリッシュなスポーツモデルをアメリカンにしてしまうのだろう? と。
しかし大人になりバイク雑誌業界で絶版車の専門誌に携わる中で、LTDが誕生した理由を知った。Z1が今よりもっとお値打ちだった15~20年前、北米から絶版車専門店に輸入されるZ1の一定数は、リヤタイヤが16インチでシートがキング&クイーンタイプ、トランペットマフラーが付いていた。正直“ダサい”としか思えなかったが、それが1970年代後半当時のトレンドのひとつだったと知って俄然興味が湧いた。
1976年モデルとしてデビューしたKZ900LTDは、その少し前に竣工したリンカーン工場で製造されており、企画開発もアメリカのR&Dセンターが関与したそうだ。つまりLTDは、Z1を素材としてアメリカ市場向けに最適化が行われたカワサキ製カスタムと言って良い。となれば明石仕様から離れ、彼の地のユーザーが好むスタイルや仕様がフィードバックされるのは当然である。
そういう経緯を知ると、モーリス製キャストホイールやジャーディン製マフラー、マルホランド製リヤショックなど、現地調達と思われるアメリカ製パーツが採用されたのも理解できる。翌1977年のKZ1000LTDではキャストホイールもマフラーも日本メーカー製になったことから考えると、900は量産試作車のような存在だったのかも知れない。
そんな助燃剤のような知識で頭がパンパンになった2013年、絶版車専門誌の取材先で発見したのがこの900LTDだ。Z1のタマ数不足と価格上昇が顕在化しはじめていた当時、LTDシリーズはZ1風やMk.ll風カスタムの素材にされることも多かった。
純正度の高さを生かしつつ各部をアップデートされている現在のKZ900LTD。各部の詳細などはこちらのザグッドルッキンバイクのページでも紹介している。
原型をとどめないほどいじられた車両ならまだしも、目の前のLTDはすべての純正パーツが揃ったストレートコンディション車。誰かが購入してZ1風にカスタムしてしまったら、40年近く生き延びてきたダサカッコいい(個人の見解です)LTDが1台消えてしまう……。それはマズイとなぜか焦った私は、「買います買います、このまま乗ります」と店主に告げて、Z1ではなく、あえてLTDのオーナーになったのでした。
車両を購入したのは2013年で、買ったことで満足して48回のオートローンの支払いを終え、ようやくメンテナンスに着手したのが2018年。この頃の絶版車業界はカスタムと並んでノーマル志向、純正回帰熱が高まっていた。LTDに関してもそろそろカスタムベースとしてだけでなく、LTDとして楽しみたいというユーザーが増え始めていた。
私のLTDは1976年7月生産車で走行距離は4300マイル(7000km弱)だった。40年以上前の逆輸入車の走行距離をメーターだけで信じることはできないが、ほとんど摩耗していないブレーキローターやホワイトレターのグッドイヤーイーグル、縫い目にほつれがなくスポンジのへたりもないシートなど、外観上からは数万kmも走ったようなくたびれ度は感じられなかった。部品を交換されていたらそれまでだけど。
ノーマル然としたスタイルに一目惚れして、購入時に始動確認すらせずに購入した私は、絶版車専門誌と並行して携わっていたメンテナンス専門誌の記事製作と合わせて再始動に着手。スパークプラグを抜き、クランクシャフトが回ることを確認し、ワニスで固着していたキャブレターを分解すると、アメリカ時代のいつかのタイミングでいじり壊されたようで、3番キャブのスロットルレバーとニードルジェット破損を発見。
そこでにわかに不安になり、クランクケース下のオイルパンを外すとオイルポンプストレーナーの2/3ほどの面積が異物で覆われ、オイルパン底部にも添加剤が変質したスライム? と思えるようなドロドロが溜まっていた。
走行距離が少なくても、バルブステムシールやカムチェーンガイドローラーなどのゴム部品の経年劣化は進行するだろう。簡単に抜けてしまうことでおなじみのシリンダースリーブも見ておきたい。そんな理由から、キャブだけでなくエンジンもクランクケースまで完全に分解して、シリンダーは井上ボーリングのICBMでアルミめっきスリーブ化、シリンダーヘッドはバルブシートカットと擦り合わせ、カムチェーンまわり一式とクラッチはアドバンテージパーツに変更。同時に点火系をASウオタニ製SPIIに、ドライブチェーンの530サイズ化も実施した。
調子が悪い場所をその都度修理するというやり方もあるが、不安を感じる部分はあらかじめ手を加えておくことをお勧めしたい。手間とコストは掛かるが「エンジンはやってあるから大丈夫」となれば、余裕を持って接することができるはずだ。それはLTDに限らず絶版車全般に共通すると思う。
世界市場に向けて強い意気込みで投入されたZ1は良くも悪くも高嶺の花となったが、その実力が認められた後に登場したLTDには良い意味での脱力感や自由さがある。日本車がアメリカンになっても良いんだよと教えてくれるLTDだから、私は今後もこのスタイルで乗り続けたい。
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外観そのまま中身をアップデート。未再生風仕上げのLTDを楽しむ
あっけなく抜けたシリンダーは井上ボーリングのICBMでモダナイズ
井上ボーリングの特許技術であるICBMは内面をめっき処理したアルミ素材のスリーブを用いることで、純正の鋳鉄シリンダーよりも表面硬度が高まり耐摩耗性に優れる。またアルミ製シリンダーと一緒に膨張収縮することで、Zシリーズの鬼門であるスリーブ抜け問題を解消できる。走行4300マイルのこの車両も純正スリーブが簡単に抜けたので、ICBM化は有効だ。
シリンダーヘッドに不具合はないがカワサキ製リバイバルヘッドを入手
組み立て式のクランクシャフトは井上ボーリングでオーバーホールが可能となり、シリンダーも同じく井上ボーリングのICBMで復活可能となった。さらに4ストエンジンの要であるシリンダーヘッドを2020年1月にカワサキ自らが復刻。ファーストロットがシルバーヘッドだったので、思わずオーダーした。現車のヘッドに不具合がないので、出番はまだ先になりそう。
走行距離は少なめでも経年劣化やダメージの確認は必要
中古車は1台ごとに状態が異なり、ショップでは必要に応じた整備を行ってから販売する。一方、現状販売で購入する場合は新オーナーの責任となる。このLTDはキャブが破損していたのでオークションで購入し、オイルポンプの目詰まりをきっかけにエンジンの分解も行った。見た目がきれいでも現状販売車はチェックが不可欠だ。
重曹ブラストを使った洗浄はノーマル未再生風仕上げに最適
クロームめっきやアルミパーツをこの車両のように未再生風に輝かせたい時に、重曹=炭酸水素ナトリウムの粉末を噴射する重曹ブラストが効果を発揮。ワイヤブラシやウエスで強く擦ると傷付くクロームめっきの汚れがきれいに落ち、研磨材はお湯で溶けるのでエンジン内部にも安心して使える。
エンジン全バラに合わせて鬼門のカムチェーン周りも予防的修理
シリンダーのスリーブと同様に、カムチェーンまわりもZ系エンジンの弱点だ。カムチェーンの張力を受けるアイドラーやガイドが破壊しているエンジンも少なくないので、ここではアドバンテージ製レーシングアイドラー(写真上)を装着し、クラッチパーツもアドバンテージF.C.C(下)に交換した。
効果てきめん! 点火システムはASウオタニで決まり
メンテナンスフリー性と強力な点火性能を両立したいならASウオタニ製SPIIがお勧め。車種別専用設計キットは装着が容易で、火花の強さは数々の絶版車専門店の折り紙付き。Z1/Z2用フルパワーキット(プラグコードセット付き)は税込み9万750円だ。
530チェーン化はZ系定番メニューだが900LTDはドリブンスプロケットの入手が難しい
純正630チェーンの530化は効果的だが、モーリスホイールの900LTDはスプロケットキャリアが他のZ系と異なっている。J-Tradeでは900LTD専用530ドリブンスプロケットを税込み1万3200円で受注販売している。チェーンは江沼チヱン製530SRX2(ブラック)を装着。
【協力】●井上ボーリング(ICBM(R))https:www.ibg.co.jp/ ●EZブラストジャパンhttps:ezblust.com/ ●江沼チヱン製作所(ドライブチェーン) http:www.enuma.co.jp/ ●J-TRADE(スプロケット)https:www.jtrade-inc.com/jtrade/ ●ASウオタニ http:www.asuotani.com/ ●アドバンテージ(カムチェーン、FCCクラッチ) https:advantage-net.co.jp/