語り:伊藤真一/まとめ:宮﨑健太郎/写真:松川忍
伊藤真一 氏
1966年、宮城県生まれ。1988年ジュニアから国際A級に昇格と同時にHRCワークスチームに抜擢される。以降、WGP500クラスの参戦や、全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐で長年活躍。2020年から監督として「ケーヒン ホンダ ドリーム エス・アイ レーシング」を率いてJSB1000などに参戦。
伊藤さんは4度の全日本ロードレース選手権タイトルのうち、2005~2006年の2度をCBR1000RR(SC57)とともに獲得している。CBR1000RR系開発キャリアも長く、歴代"ファイアブレード"を知り尽くした男だ。
「全世界でナンバーワンのサーキットのパフォーマンス」単純明快、ただし、最も困難なものを掲げてのスタート
CBR1000RR‐R(SC82)の開発で最初に呼ばれたのは、確か2018年の秋口ですね。場所はスポーツランドSUGOで、2018年シーズンが終わってCBR1000RR(SC77)の2019年型開発と、並行してのテストでした。
コンセプトは全世界のスーパースポーツの中で、サーキットのパフォーマンスでナンバーワンを目指す…というものです。最初にテストしたのは、SC77の車体とエンジンをベースにした車両でした。その段階でウイングは付いていませんでしたが、SC82のコンセプトはすでに色々入れられていました。そしてサーキットで乗ってみると、参考車として持ち込んだライバル車よりも常に1秒以上速かったですね。
その時点ではSC77ベースなので、スイングアームもユニットプロリンクでしたけど、シャシーの剛性バランスを整えて、より「曲がるマシン」にしようということでテストをしました。ホイールベースを伸ばしたり、キャスター角を変えたり、重心バランスを変えたり、ほぼ1年以上はシャシー開発に専念してました。
テストでは色んなアプローチがされるので、その都度出来上がってくる車が違ってくるのですが、テストをすればするほど際立ってくる「良さ」があり、この特性はなくしたくないというのが、開発に携わった者の共通の想いになりました。
テストライダーたちは、皆昔から知っている人ばかりです。自分はサーキットでのテストでしたが、彼らは毎日栃木のテストコースで開発車両を走らせてました。彼らはピットロードを出てコース1周する前に、どこを変えたことでどう走りが変化したかわかる。自分自身も「センサー」には自信がありますが、彼らはすごいです。向いているベクトルは一緒なので、テストライダーたちの会話は基本「あるある」で、意見の相違は一度もなかったです。
空気抵抗とウイングのダウンフォースをバランスさせ、驚異のコーナリングスピードと直線の速さを両立した。
SC82のフレームはセンターダクト用の大きな開口部があり、エンジンのマウントボルトなどの「角度絞め」で剛性バランスが変わるような敏感な車体です。これを市販車として均一の状態で量産できるのだろうか、と思いましたが、実際出来上がった完成車にはバラつきとかはなくてビックリしました。
新しいプロリンクも、エンジンのクランクケースを直押しにする構造ですが、横剛性の調節で曲がる車にすることを狙っていました。SC77までのユニットプロリンクはトラクションに関しては最高のサスペンションですが、リアの「押す」感じがわかりにくいところがあるので、サスが伸びるときも車を押す接地点を読めるイメージにしたかったのです。リアに荷重が乗るカーブが、ユニットプロリンクに比べると新しいプロリンクはずっとフラットになりましたね。
ウイングについては開発初期から色々試しましたが、形状と位置は大幅には変わっていないです。滅茶苦茶コーナースピードが速くなって、驚きました。見た目からすると、前面投影面積が大きい印象がありますが、実際計測するとCd値はすごく落ちています。前にレーサーのテストで鈴鹿サーキットのストレートにて310km/h超えるスピードを出したとき多くの人が驚いたみたいですが、これはエンジンの最高出力だけではなく、空気抵抗が少ないからこそ出せるスピードなんですよ。ウイングはウィリー制御にも効いていますが、車体のロール角が変わっても特性が変わらないようになっています。変化するにしても穏やかで、乗り手が違和感を憶えないようになっています。
エンジンについては、最初に上げた馬力目標が非常に高いので、本当に出来るのか? と思いましたね。ただエンジン開発の人は大変苦労したと思いますが、なかなか218馬力のエンジンは出来上がってきませんでしたね。それまでに自分はいい車体を作り上げることに専念し、この車体にすごいエンジンが乗れば…をイメージしてテストしていました。
目標馬力が出たエンジンが車体に乗ってからは、中速域、低速域の特性を良くする作業に時間をかけましたね。サーキットでギリギリコンマ1秒争っているときでも、スロットルを開けるときって本当にゆっくりなんです。速く走っているからって電気スイッチをオン・オフするみたいに、早くパッと開けるわけではありません。その操作って、街中での発進と実に似ています。だからその辺のエンジン特性を上手く作れると、公道でも乗りやすいバイクが作れるんです。
毎回思いますが、今回のSC82の開発も本当にいろんな意味で勉強させてもらった、と思っています。
語り:伊藤真一/まとめ:宮﨑健太郎/写真:松川忍
ホンダ「CBR1000RR-R FIREBLADE SP」主なスペックと価格
全長×全幅×全高 | 2100×745×11040mm |
ホイールベース | 1455mm |
最低地上高 | 115mm |
シート高 | 830mm |
車両重量 | 201kg |
エンジン形式 | 水冷4ストDOHC4バルブ並列4気筒 |
総排気量 | 999cc |
ボア×ストローク | 81.0×48.5mm |
圧縮比 | 13.2 |
最高出力 | 160kW(218PS)/14500rpm |
最大トルク | 113N・m(11.5kgf・m)/12500rpm |
燃料タンク容量 | 16L |
変速機形式 | 6速リターン |
キャスター角 | 24゜ |
トレール量 | 102mm |
タイヤサイズ(前・後) | 120/70ZR17M/C(58W)・200/55ZR17M/C(78W) |
ブレーキ形式(前・後) | ダブルディスク・シングルディスク |
メーカー希望小売価格 | 278万3000円(税込) |