そんな名車に乗りまくる現行車「再」検証。
今回は、2015年デビューのGSX-S1000F。
スーパースポーツのカジュアルバージョンではあるものの
実は、ものすごい底力を持つスーパーツーリングだ。
文:中村浩史/写真:松川 忍
※この記事は月刊オートバイ2020年8月号に掲載した「現行車再検証」を一部加筆修正しています。
スズキ「GSX-S1000F」試乗インプレ・車両解説
スーパースポーツの超高性能を誰もが日常域で扱えるように
スーパースポーツ、GSX-R1000Rに乗るたびに、いつも思う。
「軽くて速くてよく曲がる! けれどこのポジションはキツすぎるなぁ」
最高のパフォーマンスを、リラックスして味わいたい──その流れは、ネイキッドモデル(=NK)の発祥の原点だ。
歴史を紐解くと、正式な定義はないけれど、日本初のNKは1984年式ホンダ・NS250F。2ストロークレーサーレプリカであるNS250RのNK版で、250Rのアルミフレームを同形状でスチールとし、丸目ヘッドライトを採用するなどのモディファイを施していた。
スズキ初のNKは、85年のGF250。250cc初の水冷4気筒モデルGS250FWのNK版で、その後も88年にRGV250ΓのNKとしてウルフ、89年にGSX-R250のNKとしてコブラとバンディット、GSX-R400のNKであるバンディット400を発売。
そして95年にはGSX-R1100のNKとしてGSF1200をリリース。これがGSX-S1000のルーツと言ってもいいかもしれない。
2015年7月に日本デビューを果たしたGSX-S1000/1000Fは、まさにその「高性能をリラックスしたポジションで乗りたい」という思いを結集させたロードスポーツだ。
とはいえ、最新GSX-R1000をそのままベースとせず、エンジンは名機との評価の高いGSX-R1000K5〜K8世代の水冷4気筒で、フレームはオリジナル、スイングアームは後期のGSX-Rのものをベースとし、単なる「カウルレス」ではなく、NKモデルとしての最適化を図っている。
さらにGSX-S1000と1000Fの2本立てとし、いわばストリートファイターとスポーツツーリングとして個別にラインアップ。GSX-Rのハイパフォーマンスを、誰もが味わえるロードスポーツとして成立させた。
さらに特筆すべきは価格設定で、S1000が115万2800円/1000Fが120万7800円。これは税込価格で、税抜価格でそれぞれを見てみると104万8000円/109万8000円。この価格は、現行GSX-R1000Rより90万円ほど、KATANAよりも約40万円ほどもお買い得! 価格帯でいうと20年前のGSX1400と大差ないものだ。
乗り味も、価格も、誰にでもわかりやすく──。それがGSX-Sシリーズなのだ。
ビギナーフレンドリーな150PSビッグバイク
実際にGSX-S1000Fに乗ってみると、やはりそのライディングポジションにはホッとさせられる。GSX-Rと比べると、ハンドルグリップ位置はコブシ2〜3つ分、ざっと20cm近く上がり、ステップ位置も10cm近く低い。上半身の前傾もS1000が前傾角10度、R1000は40度、というイメージ。
足つきは身長178cmの私に余裕すぎるシート高だから良好。着座位置あたりのシート幅もきちんと削られていて足をまっすぐ降ろしやすく、身長160cmくらいのライダーでも不安はないだろう。
エンジンスタートは、セルボタンをワンプッシュ。ちょんと触れるだけで、あとはエンジン始動まで、勝手にセルが回ってくれる。目立たない小さなことだけれど、慣れると便利な機能だ。
エンジンがかかると、まずはそのサウンドに驚く。あれ?太い、あれ?低い。決して大きくないけれど、少し前の4気筒モデルならば、マフラー換えた?って確認してみたくなりそうなサウンドだ。
これは、GSX-Rにないキャラクターに仕上げようと、徹底してサウンドチューニングを重ねた結果で、GSX-S独特のイイ音! バイクショップでエンジンをかけただけで、このサウンドにシビれる購入候補者も少なくないのだ。
走り出しはローRPMアシストが発進をサポートしてくれる。アイドリングからクラッチを握り、ギアをローに踏み入れてクラッチミートするとき、アクセルの開けが足りなかった場合、瞬間的に回転数がドロップしないように、回転数を少し上げてくれるのだ。
とはいえ、このアシストは感じられることは少ない。こういう制御は体感できるほどアシストしてしまうと煩雑に感じてしまうものなので、気づかないくらいがちょうどいい。実際に、今回の試乗ではローRPMがあるからと、気を抜いて発進してしまったようで、カクッとエンストすることがあった。気を抜きすぎるのはよくないってことだね。
スズキはかつて、GSF1200を発表した時に「高性能はもちろんだけれど『誰もがわかる高性能』でなければ意味はない」と語っていたことがあったけれど、まさにそれをこの車体でも表している。
走り出しても、低回転域のトルクを意識的に強くは感じさせず、ぎくしゃくしないように、出力特性を作ってある。こんなところもビギナーフレンドリーなキャラクターだと実感できる。
しかし、GSX-Sにはもうひとつの顔があることも、後に知るのだった。
ジェントルな低回転域とロケットダッシュな中高回転域
ドンと来る力強いトルクをあえて薄めることで、低回転域での扱いやすさを増しているGSX-S1000F。その動きはアクセルON/OFFでギクシャクせず、とてもよくダルに仕上げてある。低回転域でトルクが出すぎているエンジンもまた、別の意味で扱いにくいのだ。
特にアクセルOFFの時のエンジンブレーキのかかりがよく、スーッときれいに減速し、車体にピッチング(前後方向のギクシャク)のきっかけを起こさない。これはおそらく、シリンダー隔壁にホールを設けた効果なのだろう。
そこからトントンとシフトアップしていって、トップギア80km/hは3200回転ほど、100km/hは4100回転ほど。この4000回転を越えた辺りでちょうどいいトルクが出てくるから、おぉ、さすがは150PSの1000ccエンジン!と思えてくる。ただし、11500回転オーバーまで回る並列4気筒エンジンにとっては、まだまだ低回転域だ。
このエリアをすこし超えてみると、GSX-Sはもうひとつの顔をのぞかせることになる。5000回転を越えた辺りのいわゆる中回転域で、おそらく出力抑制がなくなって、GSX-S本来の力を出してくるのだ。つまり、もんのすごい力強い! その下の回転域でジェントルさを味わっていると、え?え?え?と面食らうことになる。
アクセルへのツキがイッキにシャープになって、グングンと加速を始めてくるGSX-S。それ以下の回転域の、ゆるい直線的に出てくるトルクと違って、二次曲線のようにあふれてくる。もちろんここで5速〜6速に入っていると、高速道路でもアッと言う間にスピードリミットオーバー ──それも赤切符より逮捕レベルの速度超過の可能性だって出てくるから、大人のライダーとして、自制が必要だ。
さらにパワーを上乗せしてくるのは9000回転以上のエリア。ここではもう、ベースエンジンであるGSX-Rもかくや、というパワーで、アップハンドルにしがみつかないと体を持っていかれてしまう。いうなれば3段ロケットなのだ、GSX-Sは。
低回転域をうまくパワー制御しているから、なおさら2段目3段目のロケットをすさまじく感じるのではないだろうか。これが、普段使いではなかなか気づくことのないGSX-Sの別の顔……。
そうか、日常よく使う回転域を扱いやすくするために、あえて力強いトルクを薄めているから、発進のサポートをしてくれるローRPMアシストが搭載されていたのか。
高速道路でのクルージングを味わったあとはワインディングへ。ここでのGSX-Sは、2面性というよりも、隠しきれない実力をにじませることになる。というのも、GSX-Sの車体は、ストリートチューニングを施したとはいえ、もちろんGSX-Rをベースとしたもので、素性はそんなに変わらないのだ。
GSX-Sのワンディングでの動きは、安定性を軸にしたフットワークで、決して俊敏すぎないまでも、軽快な運動性を見せてくれる。もっと言えば、GSX-Rより上を行く安心感で、それはフロントタイヤの接地感だったり、俊敏すぎない動きだったり、ってこと。
これはどんなキャリア、どんなスキルのライダーにも、恐怖感やこわごわとしたおっかなびっくり感を抱かせないもので、これがきっと、RからSへのストリートチューニングなのだろう。
どこかで感じたハンドリングだな、と感じたものはハヤブサ的なものだった。車体全体がどっしり接地している感を失わないまま、思ったよりくるくる回ってくれる、そんな動き。ハヤブサを軽くしたハンドリングがGSX-Sで、さらにそれを研ぎ澄ますとGSX-Rになる、ということか。
ハヤブサよりストリートを軽快に、GSX-Rよりもロングランを快適に──。これがGSX-Sの正体。このことは、ストリートファイター的S1000よりも、フルカウルのS1000Fの方がより顕著で、これでこそGSX-Sの存在価値があるように思える。
そうそう、現在はさらにこのGSX-SをベースとしたKATANAも発売されているから、なおさらS1000Fの存在感が際立ってくる。KATANAはどちらかというと、S1000寄りの、さらにストリートスターなのだろう。
ファットなフルカウルが鈍なイメージを持たれがちだがさにあらず、GSX-Rをベースにしているとはいえ、アジリティの上に立つ安定性は絶大。
快適に旅をしたい、気持ちよくワインディングを駆け抜けたい。本来ならばなかなか両立が難しそうなこの二律を、高く両立したモデルなのだ。