空冷単気筒232ccエンジンを搭載し、扱いやすく走破性も高いKLX230は貴重な存在。
俊足かつ、長距離も苦にしない上、トレッキングでも頼れる相棒となってくれる。
文:中村浩史/写真:折原弘之
カワサキ「KLX230」インプレ・解説
ガチなオフロード向けかトレッキングバイクか
あれは2019年。KLX230というニューモデルに初めて乗った時のことを、今も鮮明に覚えている。
KLX230はオフロードモデル。このカテゴリーは、思いっ切りオフロード寄りか、または公道走行やトレッキングを重視しているか、この2方向に分かれることが多くて、僕はこのKLXを後者だと判断していたのだった。
230という排気量、大きな目玉の可愛らしい穏やかなスタイリング。小さいし軽そうだし、街乗りでトコトコ乗るのが楽しそうだな、と。
当時はすでに、トレッキングバイクの王様ことヤマハ・セローの生産終了が確実視されていて、この座を狙ったのかな、国産モデルからトレッキングバイクなくならなくてよかったな、なんて思っていたものだ。
けれど、その印象はまるっきり裏切られることになる。まず、シートが高い! スリムとはいえ、またがっただけの時のサスペンションの沈み込みも少なく、シートクッションも硬め。ここでひとつめのハテナマーク出現。
そうパワーもないんだろうな、と覚悟していた空冷単気筒230ccエンジンは、発進トルクからたくましく、軽量な車体をラクラク押し出してくれる。レスポンスもシャープで、かなり元気のいいエンジン。
高速道路に乗り入れてみても、空冷小排気量エンジン特有の苦しげなフィーリングがない。走り始めてすぐ、もうハテナマークはふたつめだ。
80km/h——まだまだ余裕だなぁ。100km/h——お、エンジンが苦しげじゃない。120km/h——わ、ぜんぜん楽だ。ここで120km/hのスピードリミッターが働くのだ。
オフロードモデルのカテゴリーとはいえ、特にトレッキング系はほとんどのオーナーはアスファルトばっかり走るだろうし、ダートは走ったことがない、ってオーナーも少なくないはず。
なのにKLXは、街乗りがラクで、高速道路のツーリングも難なくこなす。思ったよりずいぶんとハードコア、つまりオフロード向けなストリートバイクだったのだ。だとすれば、シート高が高いのも、サスペンションがよく動くのも、元気なエンジンにも合点がいく。
「うはぁ、乗りやすい! でも速くてよく動くし、元気がいいねぇ!」
カワサキの歴代モデルでいえば、ガチのオフロードスポーツ系がKLXやKDXで、トレッキング系はシェルパという名車があったけれど、KLX230を現代版シェルパだと思って乗ってみたら——その運動性能に驚き、改めて、これはKLXなんだと実感したということが忘れられない。
小さく軽く、くるくる曲がるKLXはどこを目指している?
そんなKLXに久々に乗った。デビュー直後に乗った時に「生産終了が確実視」されていたセローは本当にラインアップからなくなり、国産車の現行ミドルクラスモデルでオフロードバイクカテゴリーにいるのは、ホンダCRF250L&ラリーとKLXのみ。そのCRFは、オフロードとツーリングのテイストを狙っているポジショニングだろう。
対してKLXは、やはりパッと乗った時のコンパクトさが印象的。CRFよりホイールベースが60mmほど短く、車両重量はKLXのほうが6kg軽い。けれど重量の差は数字以上で、排気量がマイナス20ccとはいえ、同じ250ccクラスのオフロードモデルとして比べると、CRFよりひとまわり短く、軽く、小さい。
けれど、やっぱり気になるシート高。CRFのスタンダードモデルと比べて55mm高く、CRFをさらにオフロード志向とした追加モデル、〈S〉よりも5mm高い! もちろん、バイクの性格はシート高だけで判断できるものではないが、乗る人の「最初のハードル」としては、やっぱり高い。
それでも走り出すと、低回転からのトルクと、シャープなレスポンス、しつけの良い回転フィーリングがよくわかる。発進、アクセルを開けていってスピードを乗せていくという作業がとてもスムーズだ。
KLXで驚いたことのもうひとつは、高速クルージング時の快適性だ。250ccオフロードモデルでの高速走行は、100km/hなんてスピードで走ると、エンジンを高回転まで回してしまって、エンジンが苦し気にうなるような領域において、細いタイヤに代表されるような華奢な車体では安定性もさほどではないことが多い。そういうイメージ、あるでしょ?
高速道路を使ったツーリングでは、ガマンを強いられることが多いんだけれど、KLXの100km/h、いや120km/hまでの領域は、エンジンが苦し気に回っている印象も少なく、車体の安定性も予想以上! 120km/hで作動するリミッターが効くスピード域でのクルージングが、とにかくラクなのだ。
これは、CRF250Lと比べても光るメリットで、ますますKLXがどこを目指しているのかわからなくなる。ダートを走れば、その疑問が解決するかと、少しだけ林道に入ってみるが、その疑問符は増えていく一方だっだ。
今まで気づかなかった絶景はダートのちょっと先にある
林道アタックなんてレベルじゃなくても、未舗装路をトコトコと、滑るタイヤに気をつけつつ、時には路面からの突き上げにびくびくしながら走るのは、とても気分がいい。フラットダートとはいえ、いつなんどき荒れ路面があらわれるかわからないから、ペースは決して上げずに走るのがイイ。
3〜4速を使って低速オフロードラン。この時もKLXはトップ6速までトントンとシフトアップ、低い回転域で走っても、ストールする気配もなく静かに確実に、ダートを楽しむことができる。静かな山の中を静かに走る——KLXの「トレッキング」な一面だ。
けれど、少しペースを上げてみると、今度はKLXの「オフロード志向」な一面が顔を出すのが面白い。
たとえば、速いスピードで路面のギャップを拾った時のサスペンションのストローク感や収束の早さもそうだし、轍をナナメに踏んでしまった時の安定感! ちょっとカッコつけてコーナー脱出でリアタイヤを流してみたときの安心感も、決しておっとっと、あたたたたた、と声が漏れちゃうことなく「あれ?オレうまくなった?」と勘違いする瞬間が実に多いのだ。
今までのオフロード&トレッキングモデルは、この「オフでの気持ちよさ」があっても、例えば自宅から林道までのアクセスで快適じゃないことが多かったように思う。
KLXは、そこを狙っているのだ。高いシートはサスペンションストローク長さにつながるし、それがダートでの安心感を生み出してくれる。
俊敏なレスポンスのトルクあるエンジンは、戦闘力よりも扱いやすさを感じさせてくれる。パワーがあるんじゃなく、必要なときに必要なだけのトルクが取り出せる——そんなエンジンフィーリングなのだ。
思えばツーリングって、もったいなかったな、って瞬間が必ずあるものだ。先を急ぐあまり、美味い蕎麦屋さんを素通りしてしまったり、オンロードタイヤでは踏み入っていけない先に絶景が広がっていたり。
KLXは、そこに強いバイクなのだ。ただ何度も言うけれど、これでシートが低かったらなぁ!