文:中村浩史/写真:折原弘之
ヤマハ「トリシティ155」インプレ
山登りもファミレスも超安定の秘訣は3点支持
いま街を走っていて、信号待ちのおじちゃんおばちゃん、そして兄ちゃん姉ちゃんという「バイクを知らない人」を一番びっくりさせるのは、CBR1000RR-RでもハヤブサでもニンジャH2でもない、トリシティだ。またはナイケンGTかもしれない。
あぁ、バイク来たわね。え? 前にタイヤふたつ? みたいな驚き方。走っている側からもよくわかる。この反応、ちょっとおもしろい。
それはボクらバイク乗りも同じだった。僕の場合は、はじめて乗ったのはピアジオMP3だったか、ジレラFOCO500だったか。フロント2輪で直立ストッパーがついて、転びにくい、なんだか乗り味も独特なスクーターだった。500ccという大排気量車、こういう付加価値のつけかたもあるなぁ、と思ったのを覚えている。そういえばホンダ・ロードフォックスやストリームなんて、同じ3輪スクーターもあったけれど、あれはリア2輪だったっけ。
そしてヤマハがトリシティを発売したのが2014年9月。それは、MP3やFOCOとはまったく違う考え方の新しいシティコミューターだった。
フロント2輪の3輪バイクというと、やっぱり転びにくさを第一に考える。けれどヤマハは、トリシティのフロント2輪を「軽快でスポーティなハンドリング」と紹介していた。フロント2つのタイヤのグリップ力と、それを活かした圧倒的な走破性のことだ。
話は変わるが、東京オリンピックでの新競技「スポーツクライミング」を見ていたら、ほぼ垂直の壁を、ホールド(手でつかむ突起物)を掴んで登る時、選手たちは両手と片足、または片手と両足という「3点」が安定する時間帯だと言っていたし、山登りの基本も四肢のうちの三肢で体を支える「3点支持」だ。
そういえばファミレスでバイトしていた時も、食べ物や飲み物を乗せたトレーを片手で持つときは、指を立てて「3本」で支えると安定するんだぞ、と先輩から教えられたことがある。
トリシティに乗ると、まずはどっしりした乗車感に驚くことになる。同じ155ccスクーターで言えば、NMAXと比べてみると、全長×全幅×全高とホイールベースはほぼ同じ。車両重量は30kgも重いが、そのほとんどはフロント部分のリーン機構の重さのはずだ。
この重さが「違い」を生むのだ。
スクーターのデメリット「フラフラ」がない超安定感
走り出すと、ややフロントに重さを感じるものの、まったく普通のスクーターだ。同時に125ccのNMAXも試乗したんだけれど、最新スクーターのNMAXは、エンジンも力強く、ハンドリングもヒラヒラと軽快だ。
それに対し、トリシティは155ccだけにNMAX以上のパワーがあって、やはり超安定志向のハンドリング。このフィーリング、きっとバイク歴の少ないビギナーや、スモールスクーターしか乗らない通勤通学族にも安心して乗れる特性だ。
ただNMAXで走っている時にヒヤッと感じた「スクーターっぽさ」を、トリシティでは感じないことがある。これがフロント2輪の絶対メリット。
まず、超安定感がもたらす「ふらふらしない」こと。これは、排気量の大小を問わず、バイクがいちばん不安定になる発進直後さえ、トリシティはスッと出られる。発進したあと、ごく低速でトラクションがかかり切っていない、マニュアルのバイクでいうとニュートラルやクラッチを切っているスピード域でもフラつきがほぼ、ない。
これがフロント2輪のメリットのひとつ。前述した3点支持がよくわかる瞬間で、これはスクーターに乗り慣れていない層が怖がる、小径ホイールのスクーターっぽさの回避だ。
さらに、NMAXでおっとっと、とヒヤッとする路面のデコボコな箇所。アスファルトのハガレや段差があると、NMAXだとおっとっと、と減速しながら通過するし、タイヤの乗せ方や角度によってはハンドルを取られる危なさもあるんだけれど、トリシティはまるでノーケアで、急減速もなしでスーッと通過できる。通過した後あれ、段差あった?ってノリなのだ。
これは3輪というより、前2輪というレイアウトのメリットで、フロント2輪のうちのどちらかが穴ぼこに取られても、フロント2輪のどちらかがフラット路面に乗っていれば、ハンドルを取られることなく通過できる。普通のバイクで、フロントが突起に乗り上げたり穴ぼこに落ちるような恐怖がまるでないのだ。
小排気量のコミューターでこそ出くわす不安定になる瞬間。まずトリシティは、ここを解消してみせた。