【エッセイ】東本昌平「セーラー服」｜画業40周年、傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』（上下巻）発売記念企画

2022-06-17

webオートバイ編集部 @ webオートバイ

漫画『キリン』の作者としても有名な東本昌平氏は、2022年に画業40周年を迎えました。漫画作品のみならず、『ミスター・バイクBG』『東本昌平RIDE』など、ライダーにはバイク雑誌の表紙でもおなじみでしょう。このたび、画業40周年の節目に画集『東本昌平Artworks PRIDE』（上下巻）をモーターマガジン社より刊行。その発売を記念し、過去のRIDEで掲載した巻末エッセイを装画と合わせ、webオートバイで初公開します。

【エッセイ】「セーラー服」（文・絵：東本昌平）

　ほぼ毎日のように、通う店がある。その店の帰り道。
　片側一車線の通りで、ゆるく左に曲がりながら長い坂を下ると、変形五叉路で長い信号待ちにひっかかる。
「乗せてください」
　見ると左手すぐ横に、セーラー服姿の女の子が三人並んでこっちを見ている。三人ともカバンも持たず、握りしめたこぶしには力が入っている。
「バイクに乗せてください」

「自分で買いな」
「いえ、うしろに乗せてください」
「なに甘えてんだ、はやく免許取んな」
「…………まだ中学三年なんです」　　
　まっすぐ見る目は真剣だ。
　どっきりカメラじゃあるまいな、とあたりを見まわす。
　相手は見ず知らずの、それもフルフェイスヘルメットで顔もわからない男である。そんな男のバイクに乗せてほしいと、なにがこの三人に言わせるのか。
　一人を乗せたら、のこりの二人はどうするつもりなのか。このままさらって、弄ばれて売られちまうとか考えないものか。
　でも、なんでセーラー服なのだろうか。

「ぐるっと一周でいいですから。お願いします」
「なんだとう、タクシーがわりか」
「ちがいます。そんなつもりじゃ……」
「うしろのバイクに聞いてみな」
　三人はいっせいにうしろを見ると、一歩自分に近づいて、「あのバイクじゃだめなんです」と言う。うしろのバイクはアメリカンのようである。なるほどバイクならなんでも良いというわけではないらしい。その時たぶん自分は声を出して笑ったと思う。

「だーめ、メットないから」
「どうしてもダメですかあ」
　と、信号が青になる。
　それから四日くらいは、三人の姿を五叉路で見かけた。内心ウレシいのだが、シカトしたりコースをかえたりで、いつの間にか忘れてしまう。
「この前さあ、女の子に乗せてくれって言われちゃってさあ」
　と言い出す者がちらほらと出てくると、「まあたァ、夢みてェなこと言ってんなよォ」となる。
「どこでよ」
「五叉路で」
「毎日通ってんけど、一度もねェぞ」
　つまり自分以外にも、あの三人娘は声をかけているらしいが、仲間うちでは、未だに誰も乗せていないらしい。
　それもどうやらバイクの種類で選んでいるようで、まったく声もかけられない者と、なん度もお願いされている者にわかれている。理由はともあれ、よっぽどバイクのうしろに乗りたかったのだろう。勇気をふりしぼって声をかけてきたのだ。自分はなんとも気の毒なことをしているのかもしれない。
「どこどこ、五叉路の左側、何本目の電柱よ」
　と、はなしを聞いて飛びだして行く者までいる。
　二台で止まっていると、両方に交渉し、二台ともに断られたりすると、泣きだしそうな顔までする。
「バイクに乗せてくれませんかあ」「こいつに頼めば」
「なにいってんですかあ」
「こんだけ頼んでんだから、乗せてやりゃいいべ、かっわいそうによォ」
「そんなァ、自分こそ乗せてくださいよォ」
　と、押しつけあったりだ。
　しばらくすると、三人の姿が見えなくなってホッとしたが、おしいような気もする。