【エッセイ】「携帯電話」(文・絵:東本昌平)
渋滞をぬけたところで、バイクがぐずりだすと、とまってしまった。
片側一車線のかなり郊外である。目的のバイク屋さんの近くまで来ているはずだった。
トラックがぶんぶん通るので、歩道に押し上げて点検する。セルモーターは回っている。フューエルは満タン。チェーンも切れていない。スイッチもオンになっているのにエンジンがかからない。工具もない。
どっちにしろ、押して歩かなければならないのだが、すでにもう汗ダクである。若い時ならば押すことに迷いはなかったが、今では最小限にとどめたい。この道を上るか下るか右に行くか左に行くかも決心がいる。今来た道の4キロ以内にバイク屋はなかった。すると前進か、いやいや、この裏に私鉄の駅があったりして、その近くに小さくても便利な町があったりしないか。ここはどこら辺なのか、私は初めて通るところでまったくわからない。
「うう~っ」
ふりむくと、大きなウインドウのドコモショップだった。半ミラーのようなガラスをよく見ると、7人くらいの男女が横一列でカウンターごしに見ているではないか。はずかしいことに、15分ほどその前で立ったり座ったり考え込んだりしてバイクを見せびらかしていたわけだ。まったく、なんのマネだ。
私は仕事がら携帯電話を持っていない。その昔はアナログケータイを持って悦に入っていたこともあったが、今はない。
目的のバイク屋さんの電話番号はわからない。いつもなら家か仕事場に誰かしらいるのだが、今日は休日ということで誰もいない。
サイフをまさぐると、ラッキーなことにスタッフの一人の電話番号がわかった。あとは公衆電話を探せばいい。
「…………。」
意を決してドコモショップの中に入ると、さわやかな涼しい風と「いらっしゃいませェ」の声である。だがその顔はあきらかに不審者を警戒している。
「あのーっ、電話ありますゥ!?」
「はい、どのタイプをお探しですか」
「いやいや、ケータイじゃなくて、フツーの……公衆電話とかありませんかあ!?」
「あああ……ちょっとないんですけどぉ」
「あっ、じゃあいいです。どーも」
とキビスをかえす私のうしろから、
「よろしかったら、こちらをお使いください」
と両手をそっと添えた白いケータイを差し出している。
「はあ」
と、言われても事は単純ではない。ラッキーなスタッフに電話をして、今回目的としている知り合いのバイク屋さんに電話をしてもらい、引き揚げてもらうのだが、まずバイク屋さんに電話がつながるのか、そして引き揚げに来てもらえるのか、すぐなのか、夜なのか、とにかくサクッと用事がすまないのだ。
「あっ、いいです」
と外に出て、バイクを押して歩き出す。
「ホントにいいんですかあ!?」
のカワイイ声をふりきって、やっとのことで大きなガソリンスタンドにたどりつく。ガス欠で押しているように見えるのだが、タプンタプンの満タンである。
「いらっしゃいませーっ!」
の声をうけ、全員が注視しているなか、ポンプの下も素通りして奥までバイクを押し込むと、
「あの?っ、電話ありますゥ?」
と聞いてみる。
「あ~っ、置いてないんですよォ」
「ですよねェ……、ちょっとここにバイク置かしてください」
と言うと、重い革ジャンもヘルメットもそこにあずけて電話を探す。
大きなファミリーレストランに入って、「いらっしゃいませェ! おひとり様ですかあ!?」
と言われながら、ロビーとか見渡したあとに聞いてみるが「ない」と言う。
他の店に入って聞くと、
「ごめんなさあ~い、ないのよねェ、ほら○△デパートならあるわよォ」
と言われてよろこんだものの、電車で2駅先だと言う。
大きな家具屋の駐輪場でミドリ電話をみつけた時には、バイクが止まってから3時間がたっていた。
この件で、このバイクに乗るときはデンワを持ち歩くようにしようと思ったのだが、いざというときに充電していなかったりする。
「だ~~っ!!」
初出:『東本昌平RIDE73』(2013年6月15日発行)
東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中
『東本昌平Artworks PRIDE』上巻・下巻
価格:2,970円/発売日:2022年3月31日/総頁数:228ページ/サイズ:A4変形
上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。
下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。