【エッセイ】「泣きっ面に蜂」(文・絵:東本昌平)
紫陽花という漢字を書けるようになったので、ついでに自堕落という字も書いてみた。
……だからなんだ。
いやいや、二十代前半の私は自堕落極まりなかったというはなしだ。
空が赤い夕焼けに染まる頃、花園神社の横をすり抜けてシャポーという店の前に自慢のバイクをつけ、呼び込みの兄ちゃんたちとバカッ話をしながら日が暮れるのが日課だった。
店の外でシャポーのコーヒーを飲んでいると、ネオンの谷間をかきわけて、ヒョロッとした影がやって来る。
当時めずらしい金髪をウルフカットで立ち上げて、豹柄のジャケットにピチピチの黒いジーンズに銀色のロンドンブーツは、ロッド・スチュワート気取りのキョージだ。
「あ~っ、ハルモトさーん、2千円貸してくださいよォ」
といきなりの挨拶だ。
「てめーっ!! スピーカー代払ってから言えや! すぐ払うって言ってから2カ月じゃねーかよォ!?」
私のコンポーネンツから、アパートの6畳間なら一瞬でふっとびそうな100Wのスピーカー2本を半値以下の4万円で売ってやったのに、なんやかんや言って払わない。
いや、金のないことを知っていて、キョージに売った私が悪いのだ。
「ごめん! 来週にはスピーカー代払うから、とりあえず2千円貸してください。明日には返せるからァ! じゃあ千円でもいいからァ!!」
「ふざけんなよォ! ヨシコには5万円借りて、ミホには10万以上借りてるって話じゃないかよォ!?」
「ああっミホちゃんには返しましたよォ! ヨシコには話ついてるんだからァ! やんなっちゃうなーっ」
と平気でウソを言う。
「キョージィ、てめーっフカシこいてっと血ィ見んからなァ…。明日4万持ってこねェと、取り立てに行くかんな」
「ウソじゃないっすよォ、本当なんだからァ! うまい儲け話がね、ガッツリつかんでタシカタシカ!!」
と足早に去って行く。
とにかく、まともに収入のある人間がまわりにいないのだ。顔見知りをみつけるとついて行き、ゴールデン街を右に左に走り回って、その日暮らしである。オヤジたちのケンカも多かったけれど、殴ったり蹴ったりしたくらいでケーサツ呼ぶような野暮はいなかった。パンピーは別だけどね。
シャポーの前に7台くらいバイクをならべて眺めていると、ジーンズのミニスカートをはいた女が声をかけてくる。
「あのーっ、ハルモトさんて居ますゥ?」
「なに、どこの店の娘よ?」
「家まで送ってもらえませんかァ?」
ほかの野郎達は黙って私を見る。覚えのない女だ。
「俺たちをタクシー代わりにすると高いよォん」
と、あしらったつもりが、女は頷いて笑っている。名指しなのも気にくわなくてシカトをきめていると、
「いいぜ、送ってってやんよ」
とGL400の上でキョージが金髪をつまみながらポーズをとっている。
「えっハルモトさんですかあ!?」
「ああっ俺がハルモトよ」
もう、そのクサさったらホームラン級だ。私のほうをチラッと見たキョージの顔は好色に染まっている。
キョージが女を後ろに乗せて送って行ってから、次の日もその次の日もキョージは姿を見せない。私も家賃を払わないとヤバイのだ。
「あの野郎、ばっくれる気だなァ!!」
大久保のキョージのヤサに行くと、パンパンに顔を腫らしたキョージがいた。おまけに内出血で黄色と紫のマダラが豹紋ダコのようだ。ギョッとしたあとに笑いがとまらない。
「何だキョージその顔はよォ!!」
女を送っていった先で、男数人に襲われたというのだ。
「ハルモトさん、なにやったんですかあ、恨み買ってますってばァ」
ひーっひーっ笑いながら、ありったけの1万5千円をむしり取る。
……本当に次元が低くて申しわけない。
ギャハハハーッ!
初出:『東本昌平RIDE85』(2014年6月16日発行)
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下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。