漫画『キリン』の作者としても有名な東本昌平 氏は、2022年に画業40周年を迎えました。漫画作品のみならず、『ミスター・バイクBG』『東本昌平RIDE』など、ライダーにはバイク雑誌の表紙でもおなじみでしょう。このたび、画業40周年の節目に画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)をモーターマガジン社より刊行。その発売を記念し、過去のRIDEで掲載した巻末エッセイを装画と合わせ、webオートバイで初公開します。

【エッセイ】「盗難防止センサー」(文・絵:東本昌平)

画像: 【エッセイ】「盗難防止センサー」(文・絵:東本昌平)

 今みたいに、なんでもアリの世の中だと気にならないが、ないものねだりというか、抑圧されていると小さなことでも一喜一憂する。
 エンジン型式やピストンの数、フレームが赤だとか、ライトが丸だ四角だで大騒ぎだ。
 時速200キロ出るとか言ってた時代からすると、今のバイクは信じられないほどの高性能だ。

 ホンダドリームCB750が登場した1969年は、まさに夢のはじまりだった。ナナハン特集の本を読みあさっていた中に、インライン4エンジンかV4エンジンかで迷ったと、開発者の言葉が載っている。理想のオートバイエンジンはV4なのだが、まだ技術的に難しいためインライン4エンジンで設計したと書いてある(『オートバイ』だったか『モーターサイクリスト』だったか思いだせません)。CB750に心酔しながらも、『夢のV4エンジン! 理想のV4エンジン!!』と頭の中をぐるぐる回り続けている。
 モトグッチ、ドゥカティの例はあるものの、いまだ市販されていない、ホンダマンが理想のエンジンというV4が、世界初をひっさげて1982年にVF750セイバー、マグナ(RC07/RC09)として出ちゃったわけだ。
 同じ1982年の暮れにはVF750Fが出て、ナナハンかよって言うほど速い。どこまでもビュンビュン速いが、CBほど盛り上がれない。
「これが理想のエンジンねー…」
 速いっちゃ速いわけで、モンクを言ってもはじまらない。ついに1984年にはVF1000R(SC16)が発売され、
「やっぷああ。VF1000Rだな!!」
 と、VF750Fであんだけ速いのに1000ccになったらどんだけ速いのよ!? 的な興奮をしているところに、友達の知り合いの友達という若者がVF1000Rのド新車で乗り付けてくる。
「おお~~ っ!!! 本物ははじめて見たぁあ!!」
「ハンドル低いい!」
「えっ新車買ったのォ? 自分でェ!?」
「無敵だなコリャ!」
 羨望の的である。

 まあまあコーヒーでも飲もうよ。と、店に入ろうとすると
「ちょっと待って下さいネ」と言う。
 バイクがあんまりにも高価なので、盗難防止のセンサーを付けてもらったらしい。
「ふーん……大変だねェ」
 ちょっと触ってみる。
「ピーッピーッピーッピーッ!」
 ものすごくけたたましい。
「なるほどね」

 若者は鍵をバイクに差し込んで解除すると、またしゃがんでタンク裏にあるセンサーのスイッチを入れている。そこに通行人が2~3人通っただけでセンサーが鳴りはじめる。
 いったん店に入った者もまた出てきている。
 また別の者が触ったとたん「ピーピー」鳴りだす。盗難防止センサー自体がまだめずらしく羨望の的なのか、みんなが鳴らしたがる。
 若者は『えらいところに来ちゃったな』という顔をしながら、センサーの解除とセットを繰り返す。

「やっぱり通行人が触っただけでも鳴るというのは、敏感すぎるんじゃないの」
 と誰かが言うと、若者はVF1000Rのシートをはずし、センサーの設定を調整し始める。調整しては「ピーピー」言わせる。
「いいかげんうるせェぞ!!」と近所の声。
「今度はどうです。ほら触ったくらいでは鳴りませんよ」
 若者は勝ち誇ったように胸をそらす。
「おっ、これならいいやな。押してもゆすっても鳴らんもんな」
「えーっ、サイドスタンドはずしても鳴らんぞ、いいのかこれで!?」
「持ってかれるぞ、スイッチ入っとんのか?」
 誰かがリアタイヤを蹴ってみる。二回三回と蹴ってみるが、「ピー」とも言わない。

「おかしいなァ、スイッチは入ってますよ」
 勢いをつけて蹴ったらサイドスタンドがはずれてガードレールにもたれかかり、やっとのことでセンサーが鳴った。
「ピーッ」

初出:『東本昌平RIDE97』(2015年4月15日発行)

東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

画像: 東本昌平 傑作装画集『東本昌平Artworks PRIDE』(上下巻)好評発売中

『東本昌平Artworks PRIDE』上巻・下巻
価格:2,970円/発売日:2022年3月31日/総頁数:228ページ/サイズ:A4変形

上巻では月刊『ミスター・バイクBG』、月刊『東本昌平RIDE』、『キリン』シリーズの特別抜粋装画、西村 章 氏著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』の装画を収録。

下巻では、月刊『ミスター・バイクBG』、月刊オートバイ付録「RIDE」、『東本昌平RIDE』の巻頭読み切り漫画をまとめたコミックス『RIDEX』と、巻末エッセイをまとめたエッセイ集『雲は おぼえてル』の装画を収録。

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