文:中村浩史/写真:赤松 孝、南 孝幸
ホンダ プロジェクトBIG-1 開発陣インタビュー
CB750FOUR、CB750F、CB1100Rといった、歴代のホンダを代表するビッグバイクのエッセンスを融合して生まれたスケッチ(図版上・下)。
ゼロから作り上げた市場ビッグネイキッドという世界
プロジェクトBIG-1スタート前夜、日本のオートバイ界はちょっと方向性を見失っていた。レーサーレプリカの勢いが徐々に陰りをみせ、みんな「次の方向」を探していた。そのムードは、ほかならぬホンダ社内にも漂っていた。
「レーサーレプリカは運動性能を突き詰めたモデル。もっと速く、もっと良く、もっとすごくなる——それを繰り返すうちに、どんどん乗れる人が少なくなっていた。私自身も『あれ、オレの乗るバイクがないな』って思ってたんです」とは、プロジェクトBIG-1のまとめを担当した原さん。原さん自身、CB750フォアが好きで入社した、大のホンダ好きだ。
ホンダのスポーツバイクの根っこはCB。けれど当時のCBの旗艦といえば、CBX750Fのエンジンを積んだCB750。これがホンダのCBだ、って堂々と胸を張って言えるには、少し物足りないモデルだった。
通常のモデル開発は、コンセプトづくり、開発計画を会社に承認を受け、コスト計算や生産台数見立てを作って開発がスタートするものだが、プロジェクトBIG-1はホンダ好きのエンジニア有志が「オレが欲しいホンダ」を口々に言い合い、それが開発につながった稀有なパターンだった。
「フルカバードのCBR1000Fというモデルがあって、そのカウルを外すと、ものすごく立派なかっこいい水冷エンジンがあったんです。これを使わない手はないな、ってスケッチを描き始めましたね」とは、デザイナーの岸さん。
「オレが欲しいホンダのバイク」という想いの輪はどんどん広がり、ついに開発がスタート。開発陣の思いは「ホンダらしいバイク」「4気筒のド真ん中」「オトナが乗りたいバイク」。
こうして、CB1000スーパーフォアが出来上がった。お披露目は1991年のモーターショーで、報道陣に事前の出展予告もなく、いきなり登場した。
「開発メンバーの中で、これはイケる、って手応えはあったんですが、それが実際にお客さんに届くかな、という心配もあった。でも、お披露目が終わったら、『オレが乗るバイクがない』って考えるライダーは僕らの予想以上にたくさんいたんだ」(原さん)
デビューは1992年。当時国内ではオーバーナナハンが市販できるようになったばかりだったが、BIG-1は「ビッグネイキッド」という市場を作り上げてみせた。
「そうすると、ライバルも出てくるし、ライバルは1100cc、1200cc。ユーザーと話してみると、CBは排気量が小さくてーーなんて言われちゃう。だから次のモデルは1300ccになったんです」(原さん)
1300ccとなったBIG-1は、初代の1000ccモデルに加えて、足着きのよさやハンドリングの軽快さ、より幅広い用途に対応できるモデルを目指したのだという。
「この1300cc初期型がすごく評価されて、ドッとユーザーが増えたんです。幅広いお客さんが乗ってくれて、これもホンダCBの根っこなんだなぁ、と感じましたね」(岸さん)
CB1300SFのデビューは1998年。自動二輪大型免許が教習所で取得できるようになり、ビッグバイクライダーが一気に増えた時期。CB1300は、大型ビギナーにも、ベテランにも愛されたのだ。
「私が担当したのは1300ccの2代目、SC54、現行モデルの初期モデルですね。初代1000cc、1300ccと進化してきた中で、もう一度スポーツ性を磨き上げようと思った。もっと軽く、シャープに、スーパースポーツも峠でやっつけよう、ってね。初代からずっと原が開発のまとめをしてくれていたから、流れがブレない。最初はこう、次はこう、だから3代目はこう、って方向が決まっていく」と言うのは、現在まで続く20年にわたるロングセラー・3代目CB1300SFを作った工藤さんだ。
SC54には、ハーフカウルのスーパーボルドールも登場。この頃に高速道路のタンデムがOKされたことに対応したもので、これでBIG-1は、街乗り、峠、ロングツーリングと、何でもできるモデルとなった。これもCBのスピリットだ。
プロジェクトBIG-1はホンダの根っこ、CBの原点
もしもあの時、プロジェクトBIG-1がスタートしていなかったら——。
「バイクに乗る人が減っていたかもしれないね。性能を追求したレーサーレプリカは誰でも乗れるわけじゃない。オレが乗るバイクがない、という思いは、その後にCB1000/1300を支持してくれたお客さんが、みんな感じていたことだったかもしれないから」(原さん)
岸さんは、プロジェクトBIG-1に関わったことで、新世代のCBが楽しみだという。
「デザインって、時代時代の解釈がある。BIG-1はホンダCBの根っこ、それを若い技術者が引き継いで、100人いたら100通りの新しいCBがあると思うんです。次のBIG-1は電動だったりするかもしれませんよ?」(岸さん)
そして工藤さんが手がけた現行SC57は、もうすぐ誕生20年を迎えようとしている。
「僕をはじめ、BIG-1の歴史に関わったすべてのメンバーは、BIG-1をホンダのスピリット、CBの原点、ど真ん中だと考えていると思います。それはお客さんも同じ。『オレはホンダに、CBに乗ってるんだ』という誇りを持てるバイクでいてくれたらいいね。初心者も女性も、ベテランも白バイも、みんな乗ってくれるホンダがBIG-1だから」(工藤さん)
レーサーレプリカたちが全盛だった1980年代、そして1990年代にビッグバイクがネイキッドスポーツに舵を切るきっかけとなったのは、まぎれもなくプロジェトBIG-1の功績が大きいだろう。
約30年のCB1000/1300シリーズの歴史で、世の中にあるBIG-1ファミリーは、ざっと5万4000台、代替わりでそれ以上のオーナーがいる。BIG-1はあの頃のホンダに、そして日本のオートバイ史に必要なスピリットだったのだ。
こんなアイディアもあった初代BIG-1
岸さんがプロジェクトBIG-1のスタート時に描いたスケッチの一部。上から順に、アルミ角パイプフレームを使った「CBX」ロゴのもの、400ccのCB-1風味の物、それをさらに進めた「PHANTOM」ロゴのもの、そして一番下がCB1000SFの実車にかなり近いスケッチ。
1000ccから1300ccになった時のスケッチは、スタイリングを水平基調にしながら、大排気量車のおおらかさ、迫力をアピール。
1300ccをフルモデルチェンジ、SC54開発スタート時のスケッチ(下)。上のスケッチよりテールアップ、勢いや躍動感を表現した。
文:中村浩史/写真:赤松 孝、南 孝幸