※本企画はHeritage&Legends 2023年2月号に掲載された記事を再編集したものです。
450psでも壊れない余裕のハヤブサエンジン
かたやアルティメットスポーツ、かたやキング・オブ・モーターサイクル。どちらがより優れているかという話題は、幾度となく出てきた。車両登場のタイミングや環境によってそれは変わる。でも条件を決めれば、それに沿った結果は出る。
ゼロスタートから1/4マイル(約402.1m)先にどれだけ早く達するかというドラッグレース。JD-STERのプロオープンクラスでは改造に制限がないから、そのトップマシンの状態から、答えが導けそうだ。
ハヤブサについては、’22年の同クラスでシリーズチャンピオンを獲得、ET(区間タイム)8.4秒とベストを更新した白田さんの車両を例に取ろう。
「このハヤブサはもう12シーズンもの間、走っています。2型がベースで、途中で換えているのは前後ホイール(アメリカ・カロッツェリア製鍛造)と、ホイールベアリングを真円度の高いセラミックにしたところ。リヤもさらに2インチ延びました。あと排気系はNOSを使いますから熱対策で、同じサイドワインダー(横出し)ですけどチタンからステンレスに換えました。フレームはノーマルのままです。
エンジンは早い段階で1441ccにアップしています。ボアを広げて剛性も考えてHTP製鍛造ピストン。キャリロコンロッド、Webカムも組んでいます。NOS(ナイトラスオキサイドシステム。亜酸化窒素を吸気通路に強制的に吹き込む過給の一種。追加燃料も同時に噴く仕様もある)も合わせて現状で後軸340ps出る状態です」
この車両を製作したクラスフォーエンジニアリングの横田さんはさらさらっとこの仕様を言う。加えればクランクシャフトやメタルは純正そのまま、クランクケースも純正。説明にあったカムも尖ったスペックでなく、ピストントップも純正に近いフラットな形状。バルブも純正サイズベースという。
「ハヤブサ純正って、このあたりは普通に耐えられるんですよ。それはこの車両だけでなく、アメリカのドラッグレースでも実証されています。この車両の場合はまだ先、450psを出しても壊れないように作ってあります。
クランクケース用とシリンダー用のスタッドボルトは純正の鉄からAPEのクロモリ鋼にして強固にシリンダーとケースの上下をつないでいます。あとドラッグレースではクラッチセッティングやプレートのチェックを細かくやるので、それが容易に出来る独立したカバーに換えています。大きな加速Gがかかってエンジンオイルが後ろに偏るのを防ぐオイルパンも使っています。純正でもハヤブサはオイル偏りを防ぐデザインになっていますが、最低地上高も下げやすいフラットパンにしています」
こうして聞いてみるとオーソドックスと言っていいだろうか。排気量の拡大と過給でパワーはノーマルの1.5倍以上に引き上げられている。2倍以上も可能というのは、NOSのセッティング(NO[亜酸化チッ素]の噴射量やタイミング、追加燃料量)も見込んでのことだ。
「450psというのはコースやライダーという条件が揃えばいずれは出すだろうということで、先に対策をしておけば後からしなくても済む。ハヤブサの場合はそれが難しくないんです。ストレスのかかりやすいクランクメタルも含めて、耐久性も高い。
このハヤブサも2シーズンに1度というサイクルでエンジンを開けて中をチェックするという具合ですが、ダメージは少ないです」
12シーズンで大幅な変更がないということは、この仕様で十分行けるということ。とくに’21年から現在のJARIのコースを使うようになってからはタイムは上がり、安定してきた。横田さんはコースの状態が安定しているので条件を揃えた状態でいろいろなことを試しやすく、結果が分かりやすいと理由を言う。
「出力も安定して路面に伝えられるので、ライダーも乗りやすくなるし、セッティングも分かりやすくなる。データロガーもありますし。パワー自体はNOSセッティングでもすぐ上がりますけど、慣れも必要になるし、耐久性はあるとは言ってもメンテナンスサイクルが短くなるなど、リスクが増えてきます。そこも考えて、少しずつ上げるのでいいでしょう」
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市販状態ではハヤブサを上回る内容を持つ14R
先にハヤブサのエンジン内部を見せて解説してもらったが、次はZX-14Rエンジンの内部。’22年のプロオープンクラスでシリーズ3位の石森さんの車両のものだ。ハヤブサとの違いも含めながら、続けて横田さんに聞こう。
「こちらも320ps出る仕様になっています。ポテンシャルとしては白田さんのハヤブサと同等です。排気量は1441cc。14Rの場合は最初からこの排気量で、シリンダーヘッドも純正で切削加工燃焼室を持つチューニングヘッドを積んでいる。それでノーマルで比べればハヤブサより20psくらいパワーにアドバンテージがある。
この車両ではピストンをCPキャリロ、コンロッドをキャリロに。シリンダースタッドもクロモリに換えて、NOSも使います。その出力に耐えつつそれをよりしっかり伝えるようにしています。それは白田さんのハヤブサとも同じ。
ただ、そこから何をするかは工夫していかないといけない。シリンダーは再めっきが必要でボーリングが難しいし、バルブは換えてもハイカムがない。メンテナンスサイクルも短い。ハヤブサでは2シーズンに1度でも、14Rは1シーズン1度が必須、できればもう少し短いスパンにしたい。クランクメタルはまめに見ておきたい。
ストリートにも通じるんですけど、まずオイル系は強化しておきたいんです。このエンジンでもやっていますが、オイルポンプカバー。純正の鋳造ではバーンと回したときにゆがみが出やすい。するとオイルが回り切らなくて焼き付く。ここを削り出し品に換えてゆがみと漏れをなくすんです。
この車両ではポンプギヤやリリーフバルブも換えて、クランクケースにも加速時のオイル偏りを予防するオイルラインをオリジナルで追加しています」
ハヤブサと14Rは、このように同じ狙いを持った世界でも、優劣が付けがたかった。ただ、特長を活かした棲み分けはあるようだ。
「ハヤブサの場合は初期型から20年以上、アメリカでもたくさんの仕様が試されてきました。ストロークアップも過給もまず受け入れる。今自分たちが“これやってみよう”と思うような仕様に対してももう誰かがやっていて、パーツも作られている。その種類も豊富。
しかも丈夫だからメンテナンスをきちんとしていればそう壊れないし、多くのチューニングも受け付ける。ただ、それを行うためにはエンジンを下ろす必要がある。下ろせば何でも出来ます(笑)。
ZX-14Rは、さっき言ったように市販状態でハイチューン。フレームに積まれたままそのヘッドが取り外せるから、ポートやバルブまわりには手を入れやすい。しかも排気量は最初から1440ccと大きい。だからぱっと乗って速い。ドラッグレースで言うなら改造範囲の狭いクラスほど有利かな。メンテは短いスパンで。
オイルまわりについても、エンジンを積んだままでオイルポンプにアクセスできるのでさっきのカバー交換はしておきたい。ストリートでもリスクが大きく減らせます。
すごく大雑把に言うと、タイムを出したいならハヤブサ。カワサキが好きなら14Rでいい。ただ14Rは上のチューニングを狙うほどコストもかかる。そこは理解しておきたいですね」
正しい理解と好み。それがあれば両雄は並び立つ。異世界と思われがちなドラッグレースのノウハウは、ストリートでも参考にしたい。
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HAYABUSA/着脱のしやすさとチューニングへの余裕が特徴となるハヤブサエンジン
カムシャフトはWeb製ドラッグレース用だが意外と尖っていない。
バルブまわりはノーマルサイズを使う。燃焼室/ヘッドまわりも純正。
ピストンは3mmオーバーサイズのHTP製NOS用φ84mm鍛造品で1340→1441ccにスケールアップしている。
シリンダーは3mm拡大でも、増大したパワーを受け止める。
コンロッドはキャリロ製Hロッドに換装。組み合わされるクランクシャフトやクランクメタルは純正。それでもこの340ps仕様で2シーズン1度程度のチェックで済むタフネスさがある。
NOS(Nitro Oxide Sy-stem)はNO=亜酸化チッ素ガスと燃料をスロットルボディ内に噴射するウエットショット(NOのみはドライショット)を採用。インジェクターの付いたリングをスロットルボディとエアクリーナーボックスの間に装着して使う。NOSのボトルはリヤタイヤ前に置かれる。
写真はアッパークランクケースで、向かって右がシリンダー側。APE製クロモリスタッドボルトでシリンダーを強固に押さえる。クランクケーススタッドボルトもクロモリ製でケースを強固に留める。
DME製オイルパン。薄型で最低地上高を稼ぐとともに加減速時のオイル偏り→潤滑不足を抑える。
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ZX-14R/切削加工ヘッドと1441ccの排気量を生かし小対策を施したい14Rエンジン
純正でチューニング状態と言え、そのままでも高ポテンシャルを発揮するZX-14Rのエンジン。ハイチューンにはそれなりの気構えも必要だが、十分に適合する。ストリートユースでもオイル偏りに気を配るのは有効だとも。
シーズンを終えて内部チェックのタイミングとなった本文で紹介した、340ps仕様14Rのエンジン。燃焼室は純正切削加工で、ステンレスバルブやバルブスプリングは純正を使っている。クラスフォーでさらに吸排気ポートを加工し、NOSによる過給もスムーズに受け止めるようにされる。
クランクケースは前述のハヤブサ同様にシリンダースタッドボルトをAPE製クロモリに変更。
スタート時にミッション側にオイルが偏るのを抑え焼き付き→ブローを予防するためにクランクケースにオリジナルのオイルライン加工を施す。
ピストンは純正同径φ84mmのCPキャリロ製でNOS対応のため剛性を確保。圧縮比13.5:1。コンロッドもキャリロHロッドに。
クランクシャフトも14Rの純正そのままで使われる。パーツ個々については1/2型ハヤブサより新しい設計の14Rでは変更を行わなくても使える部分が多く、その意味では取りかかりは容易だが、ある程度以上のチューンからはアメリカでも例が少なく、トライ的要素も加わるという。
オイルポンプカバー。上写真は右が純正鋳造品、左がAPE製削り出し。下写真は左が純正鋳造品、右がAPE製削り出し。強烈な加速や高回転維持の際に高い油圧がかかってゆがみやすい(オイルが漏れて十分に行き渡らなくなる)のを対策する。エンジンを積んだまま交換できるのでストリート車両にも使いたいとのこと。
オイルポンプギヤは歯数を増やし圧送量を増す。
油圧維持に大事なリリーフバルブ。