※本企画はHeritage&Legends 2023年11月号に掲載された記事を再編集したものです。
あえてZRXを選ぶ人へ多様な可能性を提示する
左サイドにカムチェーントンネルを、両サイドには放熱性と、ネイキッドとして見せることも意識したフィンを刻んだシリンダーヘッド。ZRX1200のものだ。吸排気ポートも極力ストレートでスムーズにと加工を受け、シリンダーブロックとの合わせ面には面研も行われ、バルブまわりとカムを組むのを待つばかりという状態。メインとなる燃焼室に目をやると、細かく滑らかな加工の削り目と、金色のバルブシートリングが見える。どんなスペックなのか。
「φ81mmのJE鍛造ピストンを使って、排気量は1224ccです。燃焼室はマシニング加工していて、吸排気ともビッグバルブ+チタンリテーナー。カムはZRX用ヨシムラST-1です。バルブシートとバルブガイドはベリリウムカッパー(Be-Cu)を組みました。
マシニング加工は4気筒の4つの燃焼室の容積や形のばらつきをなくして均一化するため。複数あるものがきちんと揃えば、回転も滑らかになりますし無駄が減る、つまり効率が上がる。出力を高めながら、回転は滑らかになる。作業としては容積合わせですが、従来手加工だったのをマシニングで出来る分、手間などを他の作業に回せるメリットもあります。
ベリリウムカッパーは放熱性や密着性が高い合金ですから、これも効率につながります。バルブがシートに当たっている時の吸排気漏れが減らせて、当たっている時に熱がスムーズに伝わり、逃がしていける。それが狙いです」
トレーディングガレージナカガワ(TGN)の中川さんはこのヘッドの内容をこう教えてくれる。マシニングヘッドもベリリウムカッパーも、同社ではもう15年以上前から導入していて、使用例はいくつもある。その上でこのZRXヘッド。これが組まれるエンジンにはある思いも込められている。
「ZRXシリーズ向けにはここまでのことができる、という見本の意味があります。ただ出力を高めるというだけでなく、出力もあって過渡特性も良くて、燃費もいい。その上で寿命も延ばせる。そんなエンジンが作れるという見本です。
シリンダーはピストンに合わせてボーリングした上で再めっき。腰下はクランクダイナミックバランスおよびジャーナルラッピング。ストロークは59.4mmでコンロッドはキャリロです。ミッションも6速化してあって、エンジン内部のムービングパーツについてはピストン上面を見ても分かるように、すべて当社のR-Shot#M表面処理を施工しています。
ZRXシリーズもだいぶ純正パーツがなくなってきています。かつてのようにどんどんパーツを使って交換できるというのならいいのですが、それも難しい。でも、こうした車両に乗る方は新型に乗り換えるということでなく、あくまでも今乗っている車両で先々も楽しみたいんだろうと思います。
そのための可能性を提案したいんです。チューニングという面でも、耐久性という面でも」
進化を続ける市販モデル。一方でZRXシリーズをはじめとした絶版車は、ある意味で時間は止まる。そこに排気量の変更や各可動部のスムーズ化、弱点対策を図ることで、進化という要素を加える。モデルこそ変わらなくても、出力やその出方はアップデートできる。その上で耐久性も高められるなら、魅力は損なわれない。それを象徴するようなエンジンを作ったということだった。
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延命加工のR-Shotがチューニングに好影響
このエンジンは、ただ作られただけでなく、組んだらすぐに使われる段取りになっている。オーナーも20年近くTGNと付き合いがあり、GPZ900R系エンジンのチューニングを多く依頼してきた。972cc仕様や1108cc。ZRX1100ベースにTGNフルメニューを施した1137ccパッケージ。この時にR-Shot#M加工もフルに施していた。
そして、このエンジンはTOTハーキュリーズ用にも急遽使われ(同仕様エンジンを積む車両でのクランク折れによる換装)、ツクバサーキット59秒ラップも刻んでいる。その後フルオーバーホールして返却されているが、そこから8年を経て、オーナーがTGNにオーダーしたものでもある。既にTGNメニューを受け入れているオーナーの考えと中川さんの考えが合致し、さらに先を狙った。
ここで鍵になるのは、耐久性だろうか。中川さんはエンジンチューニングの話をするたびに、セキュリティ(壊れる可能性を抑えること)の重要性を話し、作業にも加えていた。クランクケースエッジや各パーツのバリ取りとスムーズ化は不要なゴミがエンジン内に落ちて壊すことを防ぐ。コンロッドの鏡面加工は応力を分散する。突起が残ってヒートスポットが出来るようなこともないように。
そうしたセキュリティ確保は、結果的に各パーツへのダメージを軽減するだけでなく、効率の追求にも役立っていた。TGNステージメニューを施した多くのエンジンが、高出力を得ながら4~5万km以上走行可能で、その後の再オーバーホール時にもダメージも少ない。セキュリティ確保はロスを減らし、効率も高めた。だから高出力と高耐久が両立できた。
そのセキュリティの延長に、R-Shot#M加工があった。さまざまな樹脂を配合したメディア(粒子)を対象物(アルミやチタン、鉄など)に高圧照射し、対象物の表面を滑らかにする。対象物の表面には超微細な凹凸が作られ、オイル保持性も高まるし、抵抗も減る。#Mではモリブデンも打ち込まれることでより抵抗が減る。また、凹凸には残留応力が付与されるので、表面硬度が高まる。対象物全体としては、寸法が維持されたままにキズが消せる。
これらのメリットで中古パーツが寸法さえ許容内なら再使用でき、消耗速度が緩和される。このようにセキュリティ側の加工として生まれたR-Shot#Mだが、結果としてロス低減=燃焼で生まれたパワーを効果的に使う補助になったのも、先の提案仕様エンジンにつながったというわけだ。
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エンジンが生きるよう車体側にも見本を作る
R-Shot#Mを施していなかった、以前のTGNステージメニューでも4~5万km以上はダメージなく走れるようにされていたチューニングエンジンが、さらにポテンシャルを引き上げた上に、寿命も延びる。
さて、ここで見てほしいのが下の車両だ。ベースはZRX1200R。エンジンはZZR1200純正軽量加工ピストンでの高圧縮化は図られるが、めっきシリンダーを生かし、排気量はφ79×59・4mmでの1164ccの純正同等。他のパートも純正ベースだが、ピストン/ピストンピン/カムホルダーにバルブ。ミッションにクランクメタル、オイルポンプと、動くパーツにはフルにR-Shot#M施工がされている。補機類にTGNのHIR点火ユニットと点火コイルDISが加わった仕様となっている。
オーナーはこのエンジンのためにとFCRφ39mmキャブレターも用意していたが、なんと純正CVK36キャブレターでじつにスムーズに走るように仕上がっていた。気構えも要らずにということで、オーナー(走りもしっかりしていて、評価も出来る人)もこれで十分、「FCRだとちょっと気構えて乗るだろう」と言うほどにレスポンスも高くなっているわけだ。ポテンシャルがぐっと引き出された例、そしてそれを吸気側で調整できるという例にもなった。
一方でこの車両は、こうしたエンジンを積む車体作りを考える見本にもなっている。
「ZRX系で車体側の弱点と思える箇所を補強しています。右ダウンチューブをアルミからクロモリに換えて、リヤのショックアッパーマウント部を補強した上で左右つなげる。その上でメインフレームのネック下、背面内側(キャブ後ろ上あたり)に補強を加えています。あとは前後のアクスルシャフトとピボットシャフトの計3本がクロモリになっています。
もうひとつ、カウルをフレームマウント化しています。カウルをできるだけフォークに寄せて、後部ラインがフォークと平行になるようにパイプを作ってやりました。この車体はTOTを走るライダーも安心して乗れると言いますし、かなりしっかりしています」
DAEGノーマル車体で150ps仕様エンジンを載せたり、多くの仕様を手がけた上で、この車両はZRXの車体チューニングのひとつの見本ともなった。外装がFRPで作られタンクをアルミ化したことなどの軽量化も効いて、2020年代のミドルモデルのように軽くコンパクトな感じで取り回せる。ZRX1200Rノーマルからはふたまわり小さい印象だ。
こうした軽さに芯がはっきりした感じ。そこにTGNチューニングメニュー済みエンジンが入れば、先のオーナーの言葉=CVKで気構えなく走れる=にも納得がいく。現代版ZRXとは、この車両のことだと言えるほどの作り。これは目指してみたい。
今や車両価格も上がる中、個体の状態は悪くなるというZRX各車。とにかくパーツがないことを何とかする。それで延命という命題をクリアしながら、出力向上や滑らかさ、そしてそれをしっかり操るというネイキッドの醍醐味もプラスする。今回TGNが見せてくれたエンジンと車両は、今後に向けた大きな参考と言えるだろう。
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充填&燃焼の効率を上げるポート&バルブの仕様
燃焼室から見た吸気ポート。ここからできるだけまっすぐに新気が燃焼室に入るような形状にされる。表面はざらざらでもつるつるでもなく、スムーズという印象だ。
上が吸気側から見た吸気ポート、中が排気側から見た排気ポート、下がカム側から見たベリリウムカッパー製バルブガイド。バルブガイドは長さも保たれ、バルブシートもカット済み。ロスを減らし効率を上げようという狙いはここからもはっきり伝わってくる。
上はバルブリテーナーでチタン製。軽量高強度での選択。下はビッグバルブで奥が吸気でφ31.5mmから0.8mmオーバーサイズのφ32.8mm、下が排気でφ27mmから1.5mm拡大したφ28.5mm。これもR-Shot#Mを施工してロスを低減。
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摺動抵抗を減らし耐久性を高める表面処理R-Shot#Mは適用範囲大
TOTハーキュリーズクラスでGPZ1000RXを駆る上位常連の松田光市さん。そのエンジン内部各パーツにR-Shot#Mが施された。上写真2点はその実物で、ピストンやバルブ、カムホルダーにクランクメタル。またミッション各パーツやシフトドラム、シフトフォークといったパーツが確認できる。表面硬度を高め、摺動抵抗を減らすこと、寿命を延ばすことが狙いなのはもちろんだが、ほかのプラスも生まれるはずだ。
2022 KAGURADUKI STAGEでの#51松田光市さんの写真。エンジンはZZR1100のダウンドラフトヘッドをベースとしたものをチューニングして積む。R-Shot#Mが加わることでの変化にも注目だし、ZZRや、そのホリゾンタルヘッド版=ZRX1100/1200へのフィードバックもさらに期待できる。